はじめに
ここ最近、AppleのCMを始め、ビッグテックがこれまでになかったCMを打ち出している。どのCMも、商品やサービスをただ宣伝するだけでなく、強いメッセージ性を含んだ内容となっている。
そこで本記事では、Apple、Meta、Googleの3社のCMについて取り上げながら、どのようなメッセージを打ち出しているかを紐解いてみようと思う。
AppleのCMの内容
まずはAppleのCMについてざっくりと解説していこう。
AppleのCMでは、若者の女性のエリーがレコード屋に来店しているシーンからスタートする。そして、レコード屋を物色していたエリーは、自分のデータがオークションに掛けられている現場に遭遇する。
まず、競売人はエリーのメール履歴を、開始金額240ドルで競売に掛けた。次にエリーの「薬の購入履歴」が競売に掛けられ、500ドルで売却される。その後は位置情報、全ての連絡先、取引履歴、検索履歴、深夜のテキスト履歴など、エリーの数々の個人データが競売に掛けられていく。
そして自分の個人データが競売に掛けられていることに呆れたエリーは、バッグからiPhoneを取り出し、「Appにトラッキングしないように要求」を選択する。すると、オークションに掛けられていたエリーの個人データが次々に消失。オークションに参加していたギャラリーや競売人も消失した。
そして最後に「Privacy. That’s iPhone.」というテロップで締めくくられる。
プライバシーを守ることの重要性を主張
CMを見れば一目瞭然だが、Appleは、プライバシーを守ることの重要性を主張している。実際にAppleのCEOであるティム・クック氏も以下のようにツイートしている。
プライバシーは基本的な権利であり、私たちはAppleのすべての製品とサービスにそれを組み込んでいます。自分のデータを管理できるのは、最高値をつける者ではなく、あなた自身であるべきです。
Appleは、iOS14.5から、ATT(App Tracking Transparency、Appのトラッキングの透明性)と呼ばれる機能を搭載している。これによりユーザーは、Appに対してトラッキングを許可するかを選択することが可能になった。CMのラストでも、エリーはATTの機能を利用することで、個人データのトラッキングを防いでいる。
また、iOS15以降では、iCloud+に登録することで、「メールを非公開」を選択できるようになった。これは、メールアドレスをサービスに知らせることなくメールを送受信できる機能で、メールアドレスの悪用を防ぐことができる。
しかしなぜここまでしてAppleは、プライバシー保護に力を入れるのだろうか。そこには2つの理由が考えられる。
1つめは、欧米各国のプライバシーリテラシーの高まりだ。
近年、ケンブリッジ・アナリティカ問題に代表されるように、個人データにまつわる問題の規模が大きくなっている。英国のEU脱退やトランプ大統領誕生の背景にも、個人データの活用があったと考えられており、個人データの取り扱いが国全体を左右する事態に発展しているのだ。そのため、欧州の人々と米国のリベラル派は、プライバシー保護の動きを注視している。
そしてこれらの人々の需要にAppleが応えたのだ。元々Apple製品は、欧州や米国リベラル派の人々に利用されることが多い。これらのユーザーをしっかり囲い込むため、つまりビジネス上の目的でプライバシー保護に力を入れていると考えられる。
そしてもう1つの理由は、ブランドイメージの向上。というよりは、Appleの哲学的思想が背景にある。
実際に「プライバシーは人権だ」ということを、ティム・クックは何度も主張していた。これは、プライバシーをお金に変えるべきではないという主張にも解釈可能だ。実際にAppleの動きを見ていても、GoogleやMetaのネット広告ビジネスを非難しているように見える。
MetaのCMの内容
次はMetaのCMをざっくりと解説していく。MetaのCMのタイトルは「A (Slightly) Life-Changing Story、(ちょっとだけ)人生を変える物語」だ。
全体としてはミュージックビデオ風の作品となっており、BGMにダンスポップが採用されている。そしてそのBGMのリズムに乗って、バスの中で女性が口ずさむシーンからスタートする。
まず女性が「私の人生で何かが足りてないの?」と口ずさむ。そして「ビーガンベーカリーが私のスクリーンにスッと表示された」と歌い、「頭の中で衝撃を感じた」と口ずさむ。
それ以降、様々な登場人物が、Facebookの広告を通じて、今まで触れてこなかった商品に出会うことで、人生が華やかになっていくシーンが演出される。例えば、冴えないおじさんがジーンズの広告に出会うことでクールになっていったり、気候変動問題に興味を示した男性がエコスポンジ買い替えたりするのだ。
そして終盤では「They change our lives!」という掛け声の中、ダンスシーンが映し出され、「Good ideas deserve to be found. Personalized ads help you find them.」というテロップで締めくくられる。
パーソナライズ広告は悪者ではないことを主張
Metaは「パーソナライズ広告は悪者ではない」ということをCMで主張している。
消費者目線で見れば、広告というのは元々、優れた商品を見つけ出すために発展したものだ。つまり本来であればパーソナライズ広告は、その人にとって必要とするものを提示する素晴らしいものなのである、という風にMetaは主張している。
また、CMの中では「人類はエゴとイドが対立している複雑な生き物だ」という意味が含まれた歌詞が登場する。そしてエゴとイドを最適化するためには、パーソナライズ広告が必要だと、Metaは考えているようだ。
とはいえ、これは明らかにMetaのポジショントークだろう。売上のほとんどをネット広告、とりわけパーソナライズ広告に依存しているからこそのCMだと考えていい。CMのクオリティ自体はクールなものだったが、これで世界の「パーソナライズ広告批判」の流れを変えるのは難しいだろう。メタバース事業も含め、Metaは世界の動向とは明らかに逆の方向に向いてしまっている。
GoogleのCMの内容
Googleは「There’s no place like Chrome(Chromeのようなものはない)」というタイトルで、8つのCMを公開した。
流れや構成は、8本とも基本的に同じだ。スクリーン視点で、使いづらいブラウザに悪戦苦闘しているユーザーが映し出され、その解決策をChromeが提供するという構成になっている。
最も再生回数の多い「Saved Passwords」では、パスワードを思い出せずに悪戦苦闘している女性が描かれている。そして終盤で、「Chromeであれば、自動でパスワードが表示される機能が利用できること」が示される。
他にも「デバイス間の同期」や「マルウェア対策」などで同じようなCMが公開されている。
SafariよりもChromeの方が便利だと主張
Googleが公開したCMはChromeの利便性を主張したものだが、これはiPhoneユーザーに対するメッセージだと解釈していいだろう。
現在、検索エンジンにおいてGoogleは圧倒的なシェアを誇っている。Webトラフィック解析を行うStatcounterによれば、全世界のモバイル端末の検索エンジンにおけるGoogleのシェアは、2022年6月時点で95.31%となっている。
しかし、検索エンジンではなく、検索ブラウザになると少し話が変わってくる。全世界のモバイル端末の検索ブラウザにおけるChromeのシェアは65.87%となり、次点でSafariが24.09%となるのだ
これは逆に言うと、Chromeのシェア率を拡大させるには、Safariのシェアを奪うしかない状況にあるということにもなる。だからこそ、今回のCMを発表したのだろう。
これに関しては、DMA(デジタル市場法)の動向に注目するべきだ。DMAが施行されるようになると、プリインストールされたアプリをアンインストールすることができるようになる。つまり、iPhoneからSafariを削除することができるようになるのだ。そしてもちろん、Android端末からChromeを削除できるようにもなる。
現段階ではChromeの方が拡張性が高いため人気ではあるが、プライバシー保護の声が強まるようになれば、ネット広告に依存する必要がなくプライバシー保護に力を入れているSafariが有利になる可能性もある。検索ブラウザの首位争いは、DMA施行後がキーになりそうだ。
ユーザーはどのように対応するべきか
これらビッグテックのCMを通して、私たちは1人のユーザーとしてどのように対応するべきなのだろうか。
まず、可能な限りプライバシー保護の設定をONにすることをおすすめしたい。プライバシー保護をONにしても、サービスの利便性が落ちることがほとんどないためだ。利便性が変わらず、それでいて自分の身を守れるのであれば、設定をONにした方が合理的だといえる。実際にiCloud+で「メールを非公開」にすると、迷惑メールの数がほぼゼロになるので、リソースを余計に割く必要がなくなる。
そして、パーソナライズ広告が、自分にとって本当に良いモノなのかを考える必要もあるだろう。それはFacebookやGoogleの広告だけでなく、YouTubeやInstagramのリコメンド動画でも同じことがいえる。確かにリコメンド動画を見ているだけでそれなりに楽しいが、それと同時に多くの時間が奪われていることを意識しなければならない。
そう考えると、FacebookやYouTubeといったSNSは、上級者向けのツールだといえる。なぜなら、すぐ気が緩むと膨大な時間を奪われてしまうからだ。SNSを用いて生産性のある取り組みができればいいのだが、多くの人にとっては差し引きでマイナスなのではないだろうか。それであればいっそのことSNSを削除してしまうのもいいかもしれない。
プライバシー保護がメインストリームになりつつあるが…
先ほども述べた通り、欧州各国ではプライバシー保護がメインストリームになりつつある。日本でも、テクノロジーに精通している人や、情報感度の高いビジネスマン・高所得者層が、プライバシー保護の流れに気づき、中には実際に行動している人もいるだろう。当然、本記事を読んでいるあなたも、プライバシー保護の流れに気づいているはずだ。
その一方で、テクノロジーや政治事情に対して興味がない人々は、この流れに全く気づいていないのではないだろうか。これはあくまでも予想でしかないが、このような人々は、「サービスが無料で利用できるなら、プライバシーはどうでもいい」と考えているのではないだろうか。おそらく、AppleのCMがビジネス界隈で話題になっていることや、Appleがプライバシー保護に力を入れていることすらも知らないはずだ。
そもそも個人データは、たくさんの個人データの集合体であるビッグデータになって、大きな価値を生み出すことがほとんどだ。あくまでも、個人データが抜き取られたことによって、個人に対して直接的な被害(ストーキングなど)を及ぼすというわけではない(例外もあるが)。そのため「プライバシーを守らないとヤバい!」という実感を持てないのだ。
これこそまさに情報格差の問題だといえる。プライバシー保護を気にする人々と気にしない人々に分かれ、より一層、格差が広がっていくのかもしれない。格差が広がることは必ずしも悪いことばかりではないが、少なくとも、情報格差が広がりつつある現状を意識することは大切かもしれない。
まとめ
- AppleのCMは「プライバシー保護の重要性」を示している
- MetaのCMは「パーソナライズ広告は悪者ではないこと」が示されている
- GoogleのCMは「SafariよりもChrome」がコンセプトとなっている
- 個人としては、可能な限り、プライバシー保護の設定をONにするべき