Appleの個人情報オークション(CM)から読み解く、プライバシーテックの重要性とは
2022.05.25
2022.10.03
はじめに
もし、あなたのデータが競売にかけられていたらどう思うだろうか?
「エリーの個人情報オークションです。メール、開封して読んだもの。ドラッグストアでの購入履歴、そして最近の取引メール」。
こんなふうに競売人が叫び、あなた自身のメールの内容や位置情報などが数百ドルで値踏みされる様を、ただ黙って見守ることしかできなかったら。
この内容はAppleが2022年5月19日に発表したCMのストーリーだ。
このCMの内容は、エリーという名前の女性が知らないうちに、自分の決済履歴や薬の購買履歴などの個人情報が第三者に共有され、エリーの「関心」がオークションにかけられるという内容。スマートフォンの履歴情報などが第三者の広告業者に渡り、入札に使われるデジタルマーケティング広告市場をモチーフにしている。
今回はこのCMから、Appleが考えるプライバシーについてみていきたい。
個人データの第三者提供はどこまで行われているのか
個人データのターゲティングは私たちが気づかぬ間に「当たり前のもの」となった。最近では「Cookie同意」のポップアップがどのサイトでも出るようになり、ユーザーがターゲティングの可否を設定することができるようになった。
これにより、以前よりは個人データが「勝手に」第三者に提供されるようなことはなくなったということができるだろう。とはいえCookie同意のポップアップを設定しているサイトは全てではないし、Cookieに代わる手法として出されている方法でも、ユーザーの個人情報を守りながら利用できているとは限らない。
結局、サービスを無料で使用できている以上、ユーザーは何らかの情報を提供せざるを得ない状況なのは変わらない。
Appleが考えるプライバシーテックにより、100億ドルが吹き飛んだ
Appleはプライバシーテックの先駆者だ。
そう感じるのは、Appleが「プライバシーは基本的人権です」とコアバリューと示すように、ユーザーのプライバシー保護に関してはかなり前から意識してサービスの拡充をしてきているからだ。
例えば、IDFAの規制。そのほかにも、マップアプリやSiriなどのアプリとApple IDの紐付けを禁止などがある。他のビッグテックが率先して取り組まないことを、Appleは率先して実行してきたと見ることができる。
これらAppleのプライバシーへの取り組みはAppleの公式ページ「Privacy」に書かれており、ユーザーに対してもAppleがどれだけプライバシーに配慮しているのか視覚的に説明されている(日本語版もあり)。
その中でも大きい話といえば、IDFAだ。これは、2020年6月にAppleが発表したIDFAの利用制限に関するもので、Appleが2021年から開始したiOS14.5から実装された機能だ。いわゆる「AppTrackingTransparency(ATT)」で、アプリによる追跡を透明化した。
このATTの導入の影響は大きく、英FTは2021年11月、ビッグテック4社の広告売上高が約100億ドル減少する見通しだと報じた。現にMetaの業績落ち込みの動きは顕著に出ており、2022年2月に発表した2021年度第4四半期(10-12月期)の決算は芳しくなかった。
そのほかにもAppleは一般消費者に向けてわかりやすくプライバシーについて解説するコンテンツを発信している。

今回取り上げたCMもそうだが、2021年4月には「あなたのデータの一日」と題して、父と娘のストーリー仕立てのコンテンツを公開(英語版はプライバシーの日である1月28日に公開)。なぜプライバシーを保護しなければいけないのかの啓蒙活動として有意義なコンテンツとなっている。
Appleを取り巻く規制とは
ここまでAppleが「プライバシー保護」を訴える背景には何があるのだろうか。ここには、昨今繰り広げられているビッグテックへの規制がある。
例えばデジタル市場法(Digital Markets Act:DMA)。欧州委員会が2020年12月に発表したもので、GAFAに対して企業を買収する際の事前通知や自社製品の優遇禁止などを規定する内容という。2022年3月にようやく鮮明な動きが見られ、早ければ2022年10月に発行する見込みとの報道が出ている。
その他はGDPR(一般データ保護規則)だ。制裁金のインパクトが大きく、例えば2021年7月にはAmazonへ制裁金7億4600万ユーロの制裁金を、2021年9月にはWhatsAppに2億2500万ユーロの制裁金を貸している。
GDPRは世界中の個人情報保護法のベースとなっているものであり、世界の潮流的にこのGDPRを守ることが必要とされている。
なぜここまでAppleはプライバシーを重視するのか
Tim Cook氏は4月に開催された国際プライバシー専門家協会IAPP(International Association of Privacy Professionals)の中で、ビッグテックの規制に関することについて言及した。当日の講演は、ここから試聴することができるのでぜひ参考までに見てみてほしい(英語のみ、13:22-)。
この講演の中でCook氏は、「プライバシーは基本的人権である」との主張を繰り返した。
しかしなぜ、ここまでAppleはプライバシーを強調するのだろうか。背景には2010年のApple創業者で、亡きSteve Jobs氏のとあるスピーチ(参考)があるという。ここでJobs氏は
“Privacy means people know what they’re signing up for, in plain language, and repeatedly.”
と話している。これは後にCook氏もスピーチで引用した言葉でもある。
今ですら、ようやくプライバシーが盛り上がってきた段階だが、10年以上前からAppleはプライバシーについて考えていたから驚きだという文脈でこの言葉は引用されていた。
しかし、昨今のCook氏の発言を見ていると、Appleはプライバシーをかなり大切にしているように見えるし、実際にそうした取り組みもかなり出てきている。どうもAppleがプライバシーを重視するからこそ、規制に反発している理由づけは嘘ではないように思える。
そうして、今回のCMである。
2022年5月19日に公開したこのCMは、現段階(2022年5月23日)で510万回以上再生されており、国内外のメディアに記事にまでされている。新商品の映像に比べたら少ない再生数だが、それでもCMのインパクトから再生ボタンを押してしまう仕掛け作りが豊富だと感じた。
映像の終盤、エリーはあきれ顔でiPhoneの画面で「Appにトラッキングしないように要求」を選択。すると競売にかけられていた彼女に関係するデータ、競売人たちが次々と姿を消してしまう。
これぞAppleが2021年から開始したiOS14.5から実装された機能。いわゆる「ATT」をアピール。そして最後のこのCMは、” Privacy. That’s iPhone (プライバシー。それがiPhone)” で締めくくっている。気になった方はぜひ試聴してほしい。
まとめ
- Appleはプライバシーテックの先駆者である
- なぜプライバシーを守らなければいけないのか、ユーザーへの啓蒙活動を積極的に取り組んでいる
- Privacy. That’s iPhone.