地域通貨はデータ活用にどう貢献する?データ利活用の観点から分析

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投稿者:編集部
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はじめに

近年は地方創生を目的に「地域通貨」が活用されるようになった。成功例も失敗例もよく目にするが、どちらにせよ利用者の個人データ(主に購買履歴)を収集する動きが出てきており、ここには当然プライバシー問題が付きまとう。

本記事ではどのような地域通貨が成功例としてあげられるのか実例を紹介すると共に、データ活用の有用性も解説していく。

地域通貨は通貨ではない

まずは地域通貨がどのような仕組みなのかを解説していく。

そもそも前提として、地域通貨には”通貨”という文字が入っているものの、厳密には通貨ではない。なぜなら通貨発行権は国のみが保有しているからだ。我々が利用している”円”は、紙幣は日本銀行券、硬貨は貨幣と呼ばれており、日本銀行券は日本銀行、貨幣は政府によってのみ発行することができる。

また、金融広報中央委員会によると、お金には以下の3つの役割があるとしている。

  • 交換機能
  • 価値保存機能
  • 価値尺度機能

では、これらを基に地域通貨を解説していく。

まず地域通貨の発行元は地方自治体だ。ただし地方自治体が通貨発行権を有しているわけではないため、基本的にはクーポンやポイントという形で発行されることになる。多くの場合、アプリ上で付与されるか、クーポン券という形で配布されるようだ。

そして地域通貨は地域経済活性化を目的としているため、お金の3つの役割のうち、価値保存機能が存在していない。基本的には有効期限が定められている。

地域通貨の使い方はとてもシンプルで、決済の時に提示するだけでいい。QRコード決済や紙クーポンを利用している感覚で利用できる。そのため、店舗側としては導入コストが低い傾向にあるのも魅力だ。

地域通貨の国内事例

ここでは以下の3つの国内事例を解説していく。

  • さるぼぼコイン
  • chiica
  • regionPAY

それぞれ詳しく解説していく。

さるぼぼコイン

さるぼぼコインは岐阜県高山市・飛騨市・白川村で利用できる電子通貨アプリだ。地域通貨の成功例として真っ先に挙げられるだろう。発行元は飛騨信用組合だ。

消費者としては、アプリストアからさるぼぼコインをダウンロードして、QRコード決済と同じ要領で利用できる。また、ひだしん預金口座と連携すれば、”さるぼぼPay”から”さるぼぼBank”にランクアップし、コイン送金機能などが解放されるようになる。

なお、観光客の場合は、セブン銀行ATMや専用チャージ機が、基本的なチャージ方法となる。

また、加盟店舗は約1,900店舗となっており、飛騨地域限定であることを考えると大多数の店舗で普及していることになる。ちなみに筆者もここ最近で飛騨地域に1週間ほど滞在したのだが、たしかにそこら中で、さるぼぼコインのマークを見かけることができた。

事業者目線でみると、導入費用・月額手数料が0円なのがメリットだ。QRコードを設置するだけでいいので、端末の導入は必要ない。これまで現金しか取り扱ってこなかった事業者からすると、非常にありがたいだろう。

また、貯まったさるぼぼコインを預金口座に入金する際の払戻手数料は1.5%〜1.8%、他の加盟店に送金する際の送金手数料は0.5%となっている。そのため基本的には、さるぼぼコインのまま送金するのがお得ということになる。

さて、ここまでは一般的な地域通貨とほとんど変わらない。ではなぜ、さるぼぼコインが成功することができたのか。その要因は2つあると考えられる。

1つめは、住民税・健康保険料・水道料金などの支払いが可能である点だ。これらの公共料金が支払い可能となると、飛騨地域に居住している人々はさるぼぼコインだけで生活することが可能になる。これがさるぼぼコイン定着に大きく貢献していると考えられる。

そして2つめは、さるぼぼコインでしか購入できない裏メニュー「さるぼぼコインタウン」の存在だ。筆者が飛騨地域に訪れた時は知らなかったのだが、当時この裏メニューの存在を知っていたら間違いなくさるぼぼコインを利用していたと思う。

裏メニューは実に様々で、夫婦の歌が39さるぼぼコインで売られていたり、飛騨高山の山を30万さるぼぼコインで購入できたりする。まさに裏メニューだ。また、オンラインショップに紐づいている商品もあるため、飛騨地域に訪れなくても、さるぼぼコインを導入するインセンティブも見込める。

なお、肝心の個人データ収集についてだが、さるぼぼコインのプライバシーポリシーを見る限り、以下の情報が収集される可能性があるようだ。

そしてこれらのデータは、システムを運営・保守・メンテナンスする第三者サービス提供者に提供されるとしている。

chiica

chiica(チーカ)トランスバンクが提供する地域通貨プラットフォームだ。基本的には市区町村をターゲットとしている。

まず消費者は、アプリストアからchiicaをダウンロードした後に、自身が利用する地域通貨を選択して利用することができる。そしてサービス内容は、各地方自治体が発行する地域通貨によって異なる。これまでに40以上の地域通貨が展開されたようなので、お住まいの地域周辺で展開されたかどうか、ぜひ確認してみてほしい。

なお、事業者がchiicaを利用して地域通貨を導入する際のステップは以下の通りとなる。

  1. 申し込み
  2. 地域通貨導入の目的をヒアリング
  3. 目的に応じた地域通貨を設計
  4. 加盟店の募集・開拓
  5. chiicaで運用スタート

以上の流れを見て分かる通り、目的に応じたカスタマイズができるのが、地方自治体目線での最大のメリットとなる。

例えば静岡県沼田市の地域通貨「tengoo(てんぐー)」は1ポイント1円換算で、実証実験期間中のチャージで10%のプレミアムポイント配布というシンプルな設計だ。その一方で埼玉県深谷市の地域通貨「negi(ネギー)」は、深谷市保健センターが行う健康づくりイベントに参加すると1500ポイント付与するという機能が導入されている。

このように地産地消活性化だけでなく、設計次第では医療問題などの様々なソリューションに繋げることができるのが、事業者目線でのchiica導入のメリットだ。

なお、トラストバンクのプライバシーポリシーを見ると、サービス運営主体がトラストバンクであるためか、原則として本人の同意がある場合を除き、個人情報を第三者提供しないとしている。また、決済業務の一部を収納代行業者に委託する場合があるようだ。この際、クレジットカード決済の場合は、トラストバンクがカード情報を蓄積・保存しないとしている。

regionPAY

regionPAYギフトパッドが提供している地域通貨プラットフォームだ。先ほど紹介したchiicaとの違いは、市区町村だけでなく都道府県もターゲットになっている点が挙げられる。

regionPAYもchiicaと同様に、アプリストアでダウンロードしてから、消費者自身が利用する地域を選択する。また、近年は全国旅行割のクーポン発券でも活用され、実際に筆者も大阪府の地域通貨「おおさかPay」を利用して全国旅行割のクーポンを受け取ったことがある。ただし体感として、アプリの操作感がイマイチだった印象だ。

なお、ギフトパッドのプライバシーポリシーを見ると、regionPAY以外のサービスに関する取り決めも混ざっており、かなりわかりづらい印象を受ける。ただ基本的に、第三者に提供または開示することはないとしている。

地域通貨をデータ利活用の観点で見てみる

ここからは地域通貨をデータ利活用の観点で見てみようと思う。

地域通貨は中央集権型である

まず地域通貨は基本的に中央集権型である。なぜなら発行元が存在しているためだ。地域通貨というと仮想通貨を連想し、それと同時にブロックチェーン技術も浮かびがちだが、発行元が存在している以上、地域通貨は中央集権型だといえる。

また、ブロックチェーン技術を活用した地域通貨の実証実験も行われているが、地産地消を促すだけであれば、ブロックチェーン技術を利用する必要性はないと考えられる。 QRコード決済アプリと同じ要領でシステムを設計すればいい。

そのため必然的に、現行の地域通貨のセキュリティは発行元が管理する集中型となっている。だからこそ基本的には個人情報を第三者に渡すべきではないし、仮に共有する必要が出ても範囲を最小限に抑えられるようなシステムを構築する必要があるだろう。

購買データを大量に取得できるのは強い

地域通貨をデジタルで発行すれば、お金の流れを見える化することが可能になる。これにより地方自治体は購買データを大量に取得でき、大きなビジネスチャンスに繋げることができるだろう。例えばお金の流れを可視化することで、どの領域に補助金を投下すればいいのかが明確になる。

また、さるぼぼコインのように発行元が金融機関である場合は、トランザクションレンディングも可能になるだろう。トランザクションレンディングとは取引データを基に借入条件を決定する融資のことで、金融機関にとっては大きなビジネスチャンスになる。

トランザクションレンディングは国内だとLINEポケットマネーが有名で、世界に視野を広げると、中国のアリババが提供している個人信用評価システム「セサミクレジット」が有名だ。

実際にさるぼぼコインもトランザクションレンディングの導入を視野に入れている。もしさるぼぼコインの使い方次第で借入条件が変動するようになれば、飛騨地域住民も積極的にさるぼぼコインを活用するようになるだろう。これにより、購買データをさらに多く取得することが可能になり、データ利活用のサイクルが回り始める。

以上のことから地域通貨は単なる決済手段の一つではなく、金融ビジネス構築のためのデータ収集に応用できるのだ。

民間企業がどこまで介入するのか

地域通貨導入の問題は、「民間企業がどこまで介入するのか」という点にある。基本的に地方自治体は、住民の個人情報を保有していて当然なので、地域住民としては抵抗が少ない。しかし利益を稼ぐことが目的である企業が個人情報を保有するとなると、話が変わってくる。当然「お金稼ぎのために個人情報を握るのか!?」という反対の声が上がるだろう。

だからといって民間企業が介入せずに地方自治体だけで地域通貨を構築するのは困難だ。また、これは実際にいくつかの地方通貨を触ってみた筆者個人の意見だが、chiicaやregionPAYのように民間企業に地域通貨の設計の大部分を委託すると、ただの決済手段の一つで終わってしまうように思える。

決済手段として利用するのであれば、正直なところクレジットカードや電子マネーの方が便利なので、利用者としてはそちらを使うことが増えるだろう。

そのため地域通貨を深く浸透させたいのであれば、地域住民にとって決済手段以外のメリットを提供する必要がある。さるぼぼコインの公共料金支払いや、観光機会増大が良い例だろう。

この場合、民間企業は地方自治体の仕組みに深く介入しなければいけないのと同時に、地方自治体も門出を開く必要がある。ただ、もし地域通貨が普及すれば多くの公務員を削減できる可能性があり、それはつまり痛みを伴うことになるため、地方自治体としても決定を下しづらい。

つまり、民間企業がどこまで介入するのかという問題は、地方自治体が抱えているのではないだろうか。住民としては、個人情報を明け渡すリスクよりも地域通貨導入によるリターンの方が上回っていれば、十分に歓迎すると考えられる。個人情報を提供する代わりに無料でサービスを利用できるGoogleのように。

だからこそ、地方自治体はシステム開発会社と深い関係を構築し、利便性の高い地域通貨サービスを開発すべきだと考えられる。そのためには、地方自治体が抱える個人情報の管理もシステム開発会社に委託し、スマートなセキュリティシステムを構築すべきなのかもしれない。

まとめ

  • 地域通貨は地産地消活性化に大いに役立つ
  • 地域通貨の発行元は地方自治体であるため、中央集権的な構造である
  • 地域通貨を導入することで購入データを収集することができ、トランザクションレンディングなどのフィンテックビジネスに応用できる

参考文献

デジタル地域通貨は地域活性化の切り札になるか