はじめに
ビッグテック規制の声は年々強まっている。そんな中、EUでビッグテック規制のための法律「デジタル市場法(DMA)」が合意された。2023年に施行される予定だが、早ければ2022年内に施行される可能性もあるという。
しかしDMAとは一体何なのだろうか。世界最強の個人情報保護法でありビッグテック規制の法律でもあったGDPR(一般データ保護規則)とは何が異なるのだろうか。そしてDMAの登場で、世界は、日本はどう変わるのだろうか。
本記事ではDMAの現状を整理しつつ、DMAが世界に及ぼす影響について考察していく。
デジタル市場法(DMA)とは
DMAは、大企業の市場支配力を抑制し、新規のプラットフォーマーが参入しやすい環境を整える法律で、EUのデジタル市場の競争力を高めることが目的だとされている。
DMAは「Digital Market Act」の略で、直訳すると「デジタル市場法」。つまり、ビッグテックに対する独占禁止法との見方もできる。そのため規制対象は、一定規模以上のプラットフォーマーである「ゲートキーパー」が対象となっている。
DMAはゲートキーパーに対して、「サードパーティーのサービスがゲートキーパーのシステムと相互運用できるようにすること」や「ユーザーがプリインストールアプリを削除できるようにする」などの条項を課すようだ。例えばAppleのiMessageのユーザーがDiscordのユーザーと連絡できるようになったり、iPhoneからSafariを削除することができるようになるということになる。
そしてゲートキーパーがDMAに違反すると、1回目は企業の年間売上高の10%、2回目は20%の罰金が課される。また、違反が繰り返される場合、欧州委員会はゲートキーパーに対して事業売却などを命じることができる可能性もあると報じられている。
DMAとGDPRの違いは
EUのデジタル関連法において大きな影響を与えたのは、GDPRだろう。GDPRは個人データの取り扱いに関する法律で、ビッグテックはもちろんのこと、デジタル広告を手がける企業の多くが影響を受けた。
日本でも、Yahoo! JAPANがイギリスを含めたEU圏で使用できなくなったニュースは記憶に新しい。該当地域に住む日本人のみの影響といえば軽微だった。

その一方で、ビッグテックが手掛けるサービスにおける消費者保護や不正取引などの規制は、2000年に制定された「電子商取引指令」以降、改正されることはなかった。
そういった背景の中、2020年12月にDMAが提案される。ゲートキーパーによる負の影響に対処するためだ。
従来、ゲートキーパーはプラットフォーム上において自らのサービスを優先させる動きが見られていた。例えばスマートフォンのOSであれば、iPhoneではSafariを削除できなかったし、AndroidではApp Storeを利用することができなかった。また、Amazonの商品を検索すると、ほぼ間違いなくAmazon商品(AmazonベーシックやFire TVなど)が検索上位に表示される。
さらに、ゲートキーパーが展開するプラットフォームは、アプリ開発者などの事業者が事業を展開する上で必要不可欠なツールとなっている。それを利用してゲートキーパーが不当に高い手数料を提示するケースも見受けられた。
このようなゲートキーパーによる負の影響の影響を強く受けていたと主張し始めたのが、EU圏の国々だった。そこでEUはDMAを施行し、米国のビッグテックを規制することで、デジタル市場における健全な競争を生み出そうとしているというわけだ。
DMAの規制のポイント
ゲートキーパーの対象
現在、ゲートキーパーの対象について議論が重ねられている状況であり、具体的な基準は決定されていない。EUの公式サイトのDMAにおけるQ&Aページでは、以下のように回答されている。
- 強い経済的地位を持ち、域内市場に大きな影響を与え、複数のEU加盟国で活動している
- 強力な仲介ポジションを所有しており、多くのユーザーと企業を結びつけていること
- 過去3年間の会計年度において上記の2つの基準を満たしている場合、長期的に安定した地位を確立しているといえる
ちなみに、2020年12月に提案されたDMAの法案には、ゲートキーパーの大まかな定義が示されている。以下の通りだ。
- 欧州経済領域における過去3年間の年間売上高が65億ユーロ以上、または前年の株式時価総額が650億ユーロ以上であり、3つ以上の加盟国で中核的なプラットフォームサービスを提供していること
- EU域内のエンドユーザー数が月間4500万人を超え、ビジネス目的ユーザー数が年間1万人を超えていること
- 過去3年連続して「2の条件」を満たしていること
これらのことを考慮すると、GAFAMが規制対象になるのはほぼ間違いない。また、現段階では「どのような業界」のプラットフォームが規制対象になるかが言及されていない。だがもし、音楽や旅行といったエンタメサービスも規制対象になるのであれば、動画配信サービスのNetflixや音楽配信サービスのSpotify、旅行予約サイトのBooking.comなども規制対象になる。
ゲートキーパーに対する規制
DMAでは、ゲートキーパーが中核的なプラットフォームサービスを提供する際に、「行うべきこと(Do’s)」と「行うべきではないこと(Don’ts)」が列挙される。
EUの公式サイトでは、「行うべきこと」について、以下の項目が挙げられている。
- 特定の状況において、ゲートキーパーが提供するサービスとサードパーティの相互運用を許可する
- ビジネスユーザーがゲートキーパーのプラットフォームを使用する際に生成されるデータにアクセスすることを許可する
- 広告主や出版社が、ゲートキーパーがホストする広告を独自に検証するために必要なツールや情報を、プラットフォームに広告を掲載している企業に提供すること
- ビジネスユーザーが、ゲートキーパーのプラットフォーム外で、自社のサービスを宣伝し、顧客と契約を締結できるようにすること
また、「行うべきではないこと」については、以下の項目が挙げられている。
- ゲートキーパーが提供するサービスや製品を、ゲートキーパーのプラットフォーム上で第三者が提供する同様のサービスや製品よりもランキングで有利に扱うこと
- 消費者がプラットフォーム外のビジネスとリンクすることを妨げること
- ユーザーが希望すれば、プリインストールされたソフトウェアやアプリをアンインストールできるようにすること
- ターゲット広告の目的で、有効な同意を得ることなく、ゲートキーパーのコア・プラットフォーム・サービス外でエンドユーザーを追跡すること
ペナルティ
ゲートキーパーに対する規制で取り上げた項目に違反した場合は、その企業の全世界売上高の最大10%の罰金が課される。さらに、連続で違反した場合は、最大20%の罰金が課される。
また、ゲートキーパーが体系的にDMAに違反した場合、市場調査の後に救済措置が課される場合がある。DMAの違反の深刻度にもよるが、場合によっては事業の売却を命じることもある。
GDPRとの違い
GDPRとDMAが比較されることが多いと思うが、規制内容が大きく異なる点には意識するべきだろう。GDPRは個人データの取り扱いの法律であるのに対し、DMAはデジタル市場の独占禁止法ともいえる法律だからだ。そのため、GDPRの規制対象はEU住民の個人データを扱う企業だが、DMAはゲートキーパーのみに限定されている。
ただし今後、DMAと同時に提案されたデジタルサービス法(Digital Services Act : DSA)が施行される可能性が高い。DSAの主な内容は「個人情報をターゲティング広告に使うことの規制」。GDPRの強化版という位置付けで見てもいいだろう。
DMAは世界をどう変える?
DMAは世界を大きく変えるのだろうか。答えは間違いなく「Yes」だ。DMAがきっかけとなり、ビッグテック神話が少しずつ壊れていく可能性もあるだろう。では一体どのようにして変わっていくのか、考察してみようと思う。
インターネット上で分断が起きる
現在、多くの国々で米国のビッグテックサービスが利用されている。そしてこの光景を見て、多くの人々は、それをグローバリズムと呼んだ。Googleを利用すれば世界中の情報にアクセスでき、Facebookに登録すれば世界中の人々と繋がることができ、Amazonを利用すれば世界中の商品を手に入れることができる。たしかにグローバリズムかもしれない。
しかしお金の流れを見ると、必ずしもグローバリズムとはいえない。なぜなら、それらのビッグテックのほとんどが米国企業だからだ。プラットフォームビジネスの収益のほとんどが米国に帰属している。この流れを大袈裟に言うなら「グローバリズムではなくアメリカニズム」なのだろう。そしてこれに真っ向から対立しているのが中国だといえる。
そしてEUも、中国ほどではないものの、米国発ビッグテックに対して厳しい規制を強いるようになる。この流れが進むとどうなるだろうか。考えられるのは、EU発のローカル・プラットフォームの誕生・発展だ。
そもそもDMAの目的が、「デジタル市場の競争の健全化」であることを忘れてはいけない。EU圏内において、米国発ビッグテックに対抗できる企業を生み出す狙いがあることが予想できる。
極端に言ってしまえば、EUが中国のようになると考えられる。中国では、中国版GoogleのBaiduや、中国版TwitterのWeiboなどが展開されている。それと同じようにEUでも、EU版Googleのようなサービスが発展するのではないだろうか。
検索エンジンを利用する場合に、米国ではGoogle、中国ではBaicu、EUでは〇〇…といったように各地域によってローカル・プラットフォームが発展する。それはある意味、グローバリズムとは逆行した流れでもあり、インターネット上の分断ともいえるだろう。
日本に対する直接的な影響は軽微
EU圏内のデジタル市場が大きく変わるのは間違いない。だが、日本のデジタル市場はどうなのだろうか。
基本的に、日本に対する直接的な影響は軽微だと考えられる。ただし、ビッグテックのサービス内容は大きく変わることが予想されるので、その影響は大きいかもしれない。また、それがビジネスチャンスになる可能性もある。DMAが施行されると、サードパーティはゲートキーパーのサービスと相互運用することが可能になるからだ。
例えば、当たり前の話だが、LINEはLINEに登録しているユーザー同士でのみやり取りすることが可能だった。しかしDMAが施行されれば、LINEのユーザーがInstagramのユーザーとやり取りすることが、理論上では可能になる。もちろんそれがLINEにとってベストな選択になるとは限らないが、その他のメッセンジャーサービスが「とりあえず」という気持ちで動き出す可能性は十分にある。
日本がDMAと同等の法律を制定することがない限りは、直接的な影響は軽微になる見込みだ。ただし、事業内容によっては大きなビジネスチャンスになる可能性もあるし、逆にネット広告に頼っている事業者にとっては厳しい展開になるだろう。
DMA対象外のTwitterを買収したイーロン・マスク
ここ最近話題になったニュースの一つとして、イーロン・マスク氏によるTwitterの買収が挙げられる。そして実は、マスク氏が突如Twitterの筆頭株主になったタイミングが、デジタル市場法に合意されてすぐのことだった。
Twitterは影響力が非常に大きい企業だが、マネタイズが上手くいっていない(または本気になっていない)企業のため、ゲートキーパーの対象からは外れる。つまり、他のビッグテックサービスがDMAの規制に追われる間、Twitterは自由にビジネスを展開できるポジションにいるのだ。
また、DMAの規制内容を最大限活かせば、Twitterを通じてFacebookのユーザーとやり取りすることが可能になるため、メッセンジャー機能をより強化することもできる。また、マスク氏の動向を見ると、Twitterの収益モデルの広告依存度を減少させ、有料会員を増やす方向性で経営を進めるようだが、これもDMAやDSAを意識していることは間違いない。
マスク氏の普段のTwitterの使い方を見てても、Twitter買収のタイミングを伺っていた可能性は十分にあった。そしてDMAの合意の時がベストタイミングだと、マスク氏は考えていたかもしれない。
まとめ
- デジタル市場法(DMA)はビッグテックを規制する独占禁止法。2022年内、遅くても2023年には施行される可能性がある。
- DMA施行によって、比較的中小のプラットフォームサービスが伸びる可能性がある
- DMA対象外のTwitterはチャンスかもしれない
参考文献
EU,The Digital Markets Act: ensuring fair and open digital markets
DIGIDAY,Q&A:「デジタル市場法( DMA )」とは? – EUのデジタル市場で活動する企業のための最新版ルール集