はじめに
ビッグデータは「21世紀の原油」とも称されており、Googleなどの巨大プラットフォーマーは個人情報をはじめとする膨大なデータを収益源として大きく成長した。
しかし、2020年に入り世界中で個人データの規制・保護意識が高まった結果、GDPR(一般データ保護規則)や改正個人情報保護が施行されたことで様々な規制が設けられ、データの利活用は想像以上に難しい状況となっている。
このような状況を打破するために注目されているのが「パーソナルデータストア(PDS)」という仕組みだ。
パーソナルデータストアを活用すれば、ユーザーは個人の意思で情報提供する企業を選択できる他、情報提供の対価も受け取れるため、データの利活用が進展するのではと期待が寄せられている。
今回はパーソナルデータストアの概要や仕組み、社会にどのように組み込まれているのかを解説していく。
そもそも「パーソナルデータストア(PDS)」とは?
パーソナルデータストアとは、個人が自らのパーソナルデータを保存・管理するための仕組みだ。総務省では以下のように定義している。
「他者保有データの集約を含め、個人が自らの意思で自らのデータを蓄積・管理するための仕組み(システム)であって、第三者への提供に係る制御機能(移管を含む)を有するもの」
引用:総務省-平成30年版情報通信白書
もう少し詳しく見ていこう。
Googleの検索、閲覧履歴はGoogle、Amazonでの商品閲覧・購入履歴はAmazonというように、データを活用できるのはサービス提供元の事業者のみだった。
パーソナルデータストアであれば、今まで分散されていたデータを1ヵ所に集約・管理でき、データを活用したい第三者にデータ提供が可能となる。
つまり、今まではデータ収集力がなくデータを活かせなかった企業も、パーソナルデータストアによってデータの利活用が可能となるわけだ。
パーソナルデータストアの仕組み
パーソナルデータストアの仕組みとしては次の2つがある。
- 分散型パーソナルデータストア
- 集中型パーソナルデータストア
それぞれ詳しく見ていく。
分散型パーソナルデータストア
分散型パーソナルデータストアでは、スマホやタブレットなど個人が保有しているデバイスでパーソナルデータを管理・蓄積する仕組みとなっており、個人データの保護意識が強いヨーロッパで主流となっている。
1ヵ所にデータが集約されないため、セキュリティリスクやデータ保管用サーバのコストを抑えることが可能だ。
一方、デメリットとしては個人がデータを管理しなければならないため、手間と労力がかかる点が挙げられる。
集中型パーソナルデータストア
集中型パーソナルデータストアは、事業者が用意しているサーバーにパーソナルデータを蓄積・管理する仕組みで、分散型のように各々でデータを管理する必要がないため、個人にかかる負担を抑えられるのがメリットだ。
一方、デメリットとしては膨大なデータを蓄積・管理しなければならない分、大規模なサーバを用意しなければならないため膨大な運用コストがかかることが挙げられる。
また、1ヶ所にデータを集めるという性質上セキュリティリスクも大きくなることも考慮しておかなければならない。
パーソナルデータストアが注目された背景にある「情報銀行」
パーソナルデータストアが注目された背景にあるのが「情報銀行」だ。
情報銀行とは、パーソナルデータを管理し個人の指示や指定条件に基づいて第三者へデータ提供する事業で、日本独自の制度として注目を集めるようになった。
一見、パーソナルデータストアと似た仕組みだが、情報銀行は個人に代わってデータを管理し、個人の指示に基づいて第三者にデータ提供を行う事業のことを指す。
一方、パーソナルデータストアはデータ管理や第三者に提供する仕組みそのもののことで、取り扱いの決定権があるのは個人だ。 つまり、第三者へのデータ提供を担うのが個人かどうかで定義が変わる。
また、情報銀行事業者になるためには、日本IT団体連盟の情報銀行推進委員会から「情報銀行認定」を取得しなければならない。
パーソナルデータストアの代表的な活用事例
ここでは野村総合研究所が令和2年3月に発表した「パーソナルデータの適正な利活用の在り方に関する実態調査(令和元年度)報告書」に掲載されている情報をもとにパーソナルデータストアの活用事例をみていく。
医療 DB 事業者
医療DB事業者では、医療機関から収集したレセプト(診療報酬明細書)データやDPC(Diagnosis Procedure Combination) データをデータベースとして構築し、薬剤の効用・副作用の分析したうえで、製薬企業データ提供を行っている。
従来の方法だと製薬企業は意識から直接データを収集するしかなかったが、医療DB事業者の登場によって効率的なデータ収集・分析が可能となった。
生命保険会社
生命保険会社では、従来のプログラムを発展させて、運動による検査値の変化予測などをはじめとする健康結果数値の予測も目指しているが、このプログラム開発は自社単独では難しい状況だった。
そこで着目したのがパーソナルデータだ。
生命保険会社が保険商品などを通じて収集した健診データなどを第三者である外部研究機関に提供することで、プログラムの共同開発が可能となっている。
住宅事業者
住宅事業者では、自社の契約住宅から取得したデータを匿名加工した後、データ分析会社などの第三者に販売・提供している。
データ分析は購入したデータを活用して消費電力予測などに活用している他、日照量などの統計データも組み合わせながら分析を行っているようだ。
パーソナルデータストアを提供している企業
少しずつではあるものの、パーソナルデータストアを提供・活用している企業は増えている。ここでは、パーソナルデータストアを提供している代表的な企業について見ていこう。
SERIO
自動車や製造業向け電子システムを開発するSERIOは、パーソナルデータストアを活用した個人データ管理システムの構築において、個人データを管理するためのプラットフォームを開発した。
具体的には外部からプラットフォームにアクセスする手段として用いられたAPI関連の開発に携わったとされ、セキュリティの担保された状態で暗号・復号化することに成功したそうだ。
個人データを取り扱う以上、情報漏洩がないよう細心の注意を払ったとされ、安全運用のための暗号化実装に苦労したと語っている。
ミルウス
ヘルステックを手掛ける北海道大学発のミルウスは、食事や睡眠、バイタルサインなど生活の場で生まれるデータ(ライフログ)を取得し、個人がスマホを活用してパーソナルデータのストレージに保存・活用するサービスの開発を行っている。
現在はライフログを収集・管理し自治体や医療機関などにデータを提供する「miParu1.0 プラットフォーム」を運用しているが、2022年度を目途にブロックチェーンなどを活用した次世代型パーソナルデータストア「miParu 2.0プラットフォーム」を導入予定だ。
Assemblogue
分散型SNSなどを展開するAssemblogueは分散型パーソナルデータストアの仕組みを活用したシステムPLR(Personal Life Repository)を開発した。従来のパーソナルデータ受け渡し方法だと、本人同意取得コストがかかったり、データを1ヵ所で管理すると情報漏洩のリスクがあったりという問題があった他、競合事業者間でのデータ授受は困難という指摘があった。
PLRは個人のパーソナルデータを端末とクラウドに暗号化保管され、個人の医師で特定の相手と情報を共有できるようになる。
このシステムを活用すれば、患者が日常生活の行動や服薬履歴をPLRアプリで記録しておき、必要に応じて医師と情報を共有することで適切な診断・治療への活用が可能だ。
アイネット
アイネットは2019年、東京大学大学院情報理工学研究科・橋田浩一教授と共同し、橋田教授が提唱しているPLRを活用したパーソナルデータの利活用やAI・データ分析の実証実験を行うことを発表した。
実証実験によって、一般業務の応用として安全かつ安価な名簿管理・ファイル共有サービスなどの開発、ヘルスケアの応用として乳がんの発生要因分析や乳がん検診の受診勧奨などに取り組むとしている。
HEALTHMEDIA
HEALTHMEDIAはデジタル署名とブロックチェーン型分散台帳を活用したZAKShareのパーソナルデータストアを展開している。
パーソナルデータや支払いなどデジタル署名が必要なシーンで利用できるデジタル署名ウォレット「ZAKShare Wallet」と組み合わせ、堅牢なセキュリティを誇るパーソナルデータストアソリューションを提供していくようだ。
TIS INTEC
TIS INTECグループのTISは、DataSignが提供しているパーソナルデータサービス「paspit(パスピット)」を活用すると発表した。
同社によれば、TISは「paspit for X」を活用したパーソナルデータの提供サービスを展開していくとしており、ターゲットとなる提供先は旅行・観光、医療・ヘルスケア、金融などの領域の企業だ。
また、総合マーケティング・ソリューションのTIS MARKETING CANVASや決済ソリューションであるPAYCIERGEなどのサービスと組み合わせ、展開していくとしている。
情報銀行サービスを展開している企業
パーソナルデータストアとともに情報銀行サービスの種類も増えている。ここでは、情報銀行サービスを展開している代表企業について見ていこう。
DataSign
パーソナルデータの安全な活用を目指すDataSignは、自社開発のPDS内蔵情報銀行サービス「paspit」を展開している。
「paspit」だけでなく情報銀行へ参入する企業や個人中心のパーソナルデータ活用の実装を検討している企業へ「paspit for X」と呼ばれるpaspitのOEMも提供しており、前述した「TIS INTEC」は「paspit for X」を活用した代表的な事例だといえるだろう。
DNP
リチウムイオン電池用パッケージパウチを主力商品とするDNPは、情報コミュニケーション部門の一環で、高い安全性でパーソナルデータの管理・活用を支援する情報銀行プラットフォームを構築し、「FitStats」と呼ばれる情報銀行サービスを提供している。
「FitStats」はヘルスケア領域のサービスで、ダウンロード数が累計1,100万のヘルスケアアプリ「FiNC」と連携しており、ユーザーの健康状態の可視化などが可能だ。
Scalar
Scalarは自社の分散台帳ソフトウェアである「Scalar DLT」を活用した情報銀行向けソリューションを開発・提供している。
「Scalar DLT」はスマートコントラクト機能の採用によって高い耐改ざん性を有している。また、ユーザーが個人の判断でデータ提供先を決定するコントローラビリティを保証していることから、安全性やコントローラビリティなどが担保されたサービスだ。
スマートコントラクトによる自動実行によってデータ加工・外部提供時に必要なオペレーション・社内モニタリング工数の削減も行える。
J.Score
情報銀行としてはやはり、ここは外せない。 J.Scoreは情報銀行サービスとして「(仮称)情報提供サービス」を提供していく予定だ。J.ScoreはAIを活用してユーザーの信用力と可能性を可視化した「AIスコア」と呼ばれるサービスを展開している。
Impress Watchによれば「AIスコア」と情報銀行サービスを連携させることで、ユーザーが個人の意思で第三者企業へデータ提供が可能となること。
データ提供の対価としては情報提供料や特典などを予定している。
MILIZE
MILIZEは、「保険データバンクサービス(仮称)」を提供する予定だ。
MILIZEはフィンテック・AI分野のベンチャー企業で、長年の金融実務経験を活用し、金融向けのソリューション開発・提供を行ってきた。
情報銀行サービスでは、ユーザーが利用同意した保険証券の項目をユーザーが指定した保険代理店や保険会社などへの提供を目指している。
データ提供の対価としては、ユーザーが保険商品のレコメンドなどの便益を予定しているそうだ。
フェリカポケットマーケティング
フェリカポケットマーケティングは地域限定の加盟店等で使用できる電子マネーを提供することで、地域活性化を目指すサービスだ。
高松市では、地元企業のサンテックアイと手をくみ、全国の自治体に提供している地域のコミュニケーションプラットフォーム「よむすび」を利用した、同市内中心にサービスを展開。いわゆる、地域活性化のためにデータ提供する情報銀行サービス「地域振興プラットフォーム」を展開している。
これはデータ提供してくれたユーザーへの対価として、地元店舗などのクーポンやポイントなどが付与される仕組みだ。
まとめ
- パーソナルデータストアは個人自らがデータ管理・蓄積ができ第三者提供の機能が備わった仕組みのこと
- パーソナルデータストアによってデータの第三者提供が可能となるため、普及すれば今まではデータ収集力がなかった企業も率先してデータを利活用できる
- パーソナルデータストアは「分散型」と「集中型」があり、ヨーロッパでは分散型が主流。
- 情報銀行は日本独自の制度で、パーソナルデータと似たような仕組みだが、第三者へのデータ提供を担っている事業であり、情報銀行推進委員会の「情報銀行認定」が必要
参考文献
パーソナルデータストア・PDSの仕組み|メリットや情報銀行との違いを解説
パーソナルデータの適正な利活用の在り方に関する実態調査(令和元年度)報告書
PDS(パーソナルデータ・サービス)を利用した個人情報を利用するシステム
個人、企業が安心してデータを管理・活用できるプラットフォーム「Personary」ーInterop Tokyo 2019レポート
デジタル署名と分散台帳による PDS(Personal Data Store)
TIS、パーソナルデータ管理サービス「paspit for X」の販売代理店契約を締結