はじめに
現在、世界中でスマートシティ構想が活発になっている。スマートシティとは、「ICTを活用することでマネジメント能力を高めた持続可能な都市・地域」のことを指す。
日本では、Society 5.0の取り組みの大部分をスマートシティが占めている。また、日本が世界に誇る企業の一つであるトヨタ自動車も、実験都市「Woven City(ウーブン・シティ)」を静岡で開発中なのは有名な話だろう。
では、スマートシティの現状はどのようになっているのだろうか。また、スマートシティは必然的にデータをやり取りする必要があるが、どのような課題が挙げられているのだろうか。
本記事では、スマートシティとデータ活用をテーマに解説していこうと思う。
スマートシティの現状
まず、スマートシティの現状を解説していきたい。
スマートシティの成功事例として真っ先に挙がると思われるのが、中国の深圳だ。深圳はアジアのシリコンバレーと呼ばれており、世界最大のドローンメーカーのDJI、世界最大のゲーム企業のTencent、中国最大の通信機器メーカーのHUAWEIが本社を構えている。
その影響もあり、顔認証による決済、ドローンを活用した配送システム、無人運転システムを活用した交通網など、都市のDX化が積極的に進められている。現在、世界中がスマートシティの成功モデルとして深圳に注目している状況だ。
一方、日本はどのような状況となっているのだろうか。
一般社団法人スマートシティ・インスティテュートによるスマートシティ・インスティテュートの賛助会員である119の自治体に向けた『第2回定例アンケート結果』によると、スマートシティが社会実装段階に移行している自治体は、全体のわずか6%とのことだ(Wedge ONLINEより引用)。ちなみに全体は、スマートシティ・インスティテュートの協賛会員である119の自治体のことである(同)。
また、実証実験段階は18%(同)とのことで、実際に行動に移せている自治体は約4分の1ということになるようだ。
実際の事例
ここからは、実際にどのようにスマートシティが活用されているのかを紹介していく。
茨城県つくば市では高齢者の外出促進のための顔認証技術が実証実験された。具体的には、定期券の代わりに顔認証を用いた乗降者が検証されたようだ。これが上手く実装されれば、利用者の利便性向上やバス運転手の負荷低減に繋がる可能性がある。
千葉県柏市ではスマホアプリで医療機関の受付手続きができる遠隔チェックインシステムが検証された。これにより、病院での待ち時間削減や事務スタッフの負担軽減が見込めそうだ。
そのうえ、このような遠隔チェックインシステムは、他の公共施設でも活用できる可能性がある。上手く導入できれば、受付システムのDXが見込めそうだ。
スマートシティにおけるデータ活用の課題
しかし、なぜ多くの自治体がスマートシティの実装・検証に取り組むことができないのだろうか。いくつか理由が考えられるが、その一つとしてデータ活用の課題が考えられている。
ここでは、スマートシティにおけるデータ活用の課題について深掘りしていこうと思う。
課題①:データを大量に収集する必要がある
スマートシティを実現させるにはデータを大量に収集する必要があるといえる。
ただ都市システムをデジタル化するだけであれば、データ自体はそこまで必要ないかもしれない。しかし、本当の意味で持続的な都市システムを構築するには常にデータを収集する必要がある。
そしてデータには、地元住民の個人データも、当然のことながら含まれる。先ほど紹介したつくば市の顔認証も、地元住民の顔画像データが必要だ。しかし、地元住民が素直にデータを渡すわけがない。当然、プライバシー保護やデータ管理の問題を気にしている。
つまりデータを大量に収集するためには、まず地元住民の合意を取る必要があるのだ。この合意形成が、多くの自治体でスマートシティの実装が進まない最大の要因となっている。
実際に、カナダのトロントのスマートシティプロジェクトである「IDEA」は、データ収集における地元住民の不安を払拭することができず、2020年にプロジェクトが中止となった。
そしてこの事例をきっかけに、スマートシティにおけるデータ収集の難しさが世界中に広まった印象がある。
課題②:民間企業に個人データを明渡すことの嫌悪感
一度、考えてみてほしい。もしデータが収集されるのであれば、民間企業と政府、どちらの方が良いと思うだろうか。多くの人は、民間企業ではなく政府と答えるはずだ。
なぜなら民間企業の場合「ビジネスのためにデータを活用する恐れがある」と思わず考えてしまうからだ。また、GDPRの影響もあり、「民間企業よりも政府の方がプライバシーを大切にしている」という価値観が生まれてきている。
しかしスマートシティの場合、民間企業に個人データを渡すことが必要不可欠となる。そこで地元住民が強い嫌悪感を示しているようだ。
先ほど紹介したカナダのトロントのIDEAも、Googleの兄弟企業であるSidewalk Labs(ニューヨーク州)が進めていた。そして地元住民が民間企業であるSidewalk Labsへのデータ提供に懸念を抱き、結果としてプロジェクトが中止となったのだ。
ただ、もしデータが収集される際に民間企業か政府かを選べるとして、必ずしも政府の方が安全だとは断言できない。なぜなら政府がデータを管理するといっても、民間企業が開発したシステムを活用していることが大半だからだ。
例えば日本のデジタル庁が提供しているマイナンバーカードや接種証明書アプリも、デジタル庁が民間企業に委託することで開発されている。
また、IT業界の傾向をみても、大企業であればあるほど技術力やシステム開発が優れているというわけではない。むしろベンチャー企業の方が合理的で、それこそスマートなシステムを開発するだろう。つまり、これまでの歴史や信頼というのは、論理的に考えれば大して重要ではなく、それよりも技術力やデザインが何よりも大切なはずなのである。
しかし、大衆が論理的でないことは世の常であり、社会学的にはもはや常識だ。地元住民は当然のことながら技術的な部分はわからないので、これまでの実績や信頼を重要視する。そうなると必然的に政府主導のプロジェクトが支持されるし、大企業かベンチャー企業だったら大企業を支持する。
本来、スマートシティは都市システムを効率化するための取り組みであるはずだが、スマートシティを普及させるための取り組みが効率的だとはいえない現状があると考えられるのだ。
課題③:各分野との連携が困難
スマートシティは、本当に数多くの分野が連携することで初めて実現できるプロジェクトだ。
実際、日本のスマートシティも内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省が主体となってプロジェクトが進められている。また、エネルギーや食料、それに医療機関との連携も考慮すると、環境省・農林水産省・厚生労働省との連携も必要だ。当然、莫大な予算が必要なので財務省も関与する。
そう考えるとスマートシティは、本当にありとあらゆる分野での連携が必要となるプロジェクトなのだ。しかし現時点では、分野や組織単位でデータが分断されているため、それらを横断させたサービス構築が非常に難しくなっている。
また、スマートシティ内でデータを活用できても、別のスマートシティでデータを活用できなければ、本当の意味で利便性の高い生活は実現できないだろう。特に観光ビジネスという観点からも、それぞれのスマートシティによるデータ連携は必要不可欠だ。
スマートシティそのものは深圳などがモデルケースとなっているが、国家を横断したスマートシティはベストプラクティス事例が非常に少ない。そのため、スマートシティ同士のデータ連携については落とし所が見えてこない状況にある。
課題を解決するには?
では、これらの課題を解決するためには何が必要なのだろうか。
プライバシーテック
まず有効なのは、プライバシーを保護しながらもデータ活用ができるようにするための技術「プライバシーテック」の導入が挙げられるだろう。まずは技術的な部分で、プライバシー保護とデータ活用を両立させる必要がある。
ただし注意が必要なのは、結局のところ地元住民がプライバシーテックを信用してくれない限り、課題解決に繋がらないということだ。まず信用を得るためにも実績を積み上げ、プロモーション戦略で企業ブランドを構築する必要があると考えられる。
また、プライバシーテックを踏まえたスマートシティにおけるデータ活用のガイドラインもしっかり作成しておくことが大切だろう。これがあれば、少なくとも事業者に対しては、データ活用の方針を説明することができる。
スマートシティの必要性を考える
そして何よりも、「そもそも本当にスマートシティが必要なのか」という議論も必要だろう。スマートシティというバズワードに惑わされていないか、目先のお金に囚われていないかを、今一度振り返る必要がある。極端な例だが、不便を楽しむキャンプが盛んな地域でスマートシティを導入しても、効果は薄いだろう。
また、スマートシティ計画には大きく分けて2つのパターンに分けられる。グリーンフィールド型とブラウンフィールド型だ。グリーンフィールド型はゼロからスマートシティを構築するアプローチのことで、ブラウンフィールドは既存都市をスマート化するアプローチのことを指す。
例えばトヨタが進めているウーブン・シティはグリーンフィールド型だといえる。また、深圳もグリーンフィールド型に近いアプローチだと考えて良いだろう。グリーンフィールド型でスマートシティを成功させるには、都市デザインのセンスと開発スピードが重要になる。そのため、特定のメンバーが大きな裁量権を持って、ある程度の失敗も許容しながら、開発に携わるのがいいだろう。
一方で、大多数のスマートシティはブラウンフィールド型だ。そしてブラウンフィールド型において大切なのは、本当に必要な技術なのかどうかを見極めることにあると考えられる。その一つの鍵が、スマートシティ事業の黒字化だ。事業を黒字化させるためには、必然的にコストを削ぎ落とす必要がある。その過程で、本当に必要な技術なのかを見極めればいい。
例えばオンライン決済を普及させたいのであれば、QRコード決済を導入して、レジ前にQRコードを置くだけで環境を構築できるようにするのがベターだろう。地域通貨を導入したいのであれば、ブロックチェーン技術の最先端を追求する必要は全くなく、まずは地域通貨アプリのregion PAYを導入してみればいい。ゼロから開発する必要はなく、既存のサービスを活用するだけで、スマートシティを実現させることは十分可能なのだ。
スマートシティに限った話ではなく、持続可能な地方創生を実現させるためには、補助金に頼らずに黒字化していける盤石な財務体質を構築する必要がある。
このようにして取捨選択をしていけば、不必要なデータ連携を省くことができたり、そもそもデータを大量収集しなくてもスマートシティを実現できる可能性が出てくる。何も完璧なスマートシティを目指す必要はなく、地元住民が欲している機能をスマートに提供できればそれで十分なのだ。
ブラウンフィールド型のスマートシティ計画において大切なのは「地域住民最優先」の考え方にあるのだと考えられる。
まとめ
- スマートシティ事業を実際に進められている自治体は、そう多くない
- スマートシティは地元住民との合意形成が最大の課題
- データ活用に対する懸念によってスマートシティ計画が中止になった事例がある