なぜ中国でプライバシーテックがさかん?90億調達した企業に迫る

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投稿者:編集部
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はじめに

今、中国ではプライバシーテックが盛り上がっている。

厳密に言えば、「プライバシー保護コンピューティング(PEC)」として拡大しているようだ。

中国のPEC企業である華控清交(中国・北京)が、シリーズBで5億元(約90億円)を資金調達。また同じく藍象智聯(杭州)科技(同・浙江省杭州)はシリーズAで約2億元(約36億3,000万円)の資金調達に成功した。日本の現在のプライバシーテック企業では考えられない規模の資金調達だといえるだろう。

そこで今回は、なぜ中国でプライバシーテックが盛り上がっているのか。華控清交と藍象智聯の資金調達の内容に触れながら理由を考察していく。

日経BP「プライバシー保護コンピューティングの登場でデジタルアセット付加価値高まる」

プライバシーテックとPECの整理

一旦、ここではプライバシーテックとプライバシー保護コンピューティング(PEC)について一旦、整理しておきたい。

プライバシーテックとは、個人情報や個人データをIT技術を用いて保護する、その技術を指す。 対してPECは、データが外部に流出しないよう保護することを前提に、データ分析コンピューティングの技術集合を実現することを指すという(日経BP総合研究所)。ここに含まれる技術は、人工知能アルゴリズムと分散システム、基底クラスハードウェア、暗号学規約設計という。 プライバシー保護コンピューティングは、「プライバシー強化コンピュテーション」とも訳され、Gartnerによれば機密性やプライバシーを損なうことなく、データの共有、保存、分析の安全性を確保する技術と定義されている。

今回はプライバシーテックがプライバシー保護コンピューティングを含むという意味合いで、「プライバシーテック」の表現に統一している。

華控清交が約90億円の資金調達に成功

2021年10月12日、華控清交がシリーズBで約90億円の資金調達に成功した。この後、華控清交の評価額は約40億元(約720億円)まで上昇したとのこと。出資者はLenovoの国際テクノロジー基金であるLenovo Capital and Incubator Groupや、中国の大手投資銀行の中国国際金融(CICC)などの投資機関だ。

華控清交は2018年6月に清華大学発のスタートアップだ。元ゴールドマン・サックスのグローバルパートナーだったZhang Xudong氏がCEOを努め、清華大学のXu Wei教授がチーフサイエンティストを担当している。 Xu Wei教授は元々、清華大学金融技術研究所ブロックチェーン研究センターの所長を担当していて、Google本社でインフラストラクチャの信頼性における研究開発を担当していた経験もある。

華控清交の場合、清華大学から提供される学術的支援とリソースを活用した「独自開発」が強みだ。また技術者の層が厚いことはもちろんのこと、経営・財務の経験が豊富な人材が副社長に配置されているのも特徴だろう。技術開発だけでなく、事業展開に重きを置いていることが分かる。

華控清交が対応する技術は、準同型暗号やMPC(Multi-party computation)、難読化、ゼロ知識証明だという。

藍象智聯(杭州)科技も約36億円の資金調達に成功

中国のプライバシーテック企業は華控清交だけではない。

2022年2月9日、藍象智聯はシリーズAで約2億元(約36億円)を資金調達した。資金の用途は主に人材面での強化で研究開発、データ運用、顧客サービスを強化する見通しとなっている。

藍象智聯は2019年末に設立されたアリババから派生したプライバシーテック企業。創設者兼会長の童玲氏は、アリババの金融会社のAnt Financial(現アントグループ)のチーフアーキテクト、Sesame CreditのCTO(最高技術責任者)、アントのブロックチェーン事業のAnt Blockchainの創設など、数多くの実績を残している。

もう1人の創設者・CEOの徐敏氏は、アリババクラウドの副社長など、アリババが手がけるデータ事業の中核で活躍していた経歴がある。チーム全体を見ても、アリババグループ出身の人材が幹部に配置されている印象だ。

代表するプトダクトは、プライバシーテックプラットフォームの「GAIA」だ。ワンストップ連合学習モデリングプラットフォームの「GAIA Cube」、マルチパーティ計算プラットフォームの「GAIA Edge」、プライバシー保護コンピューティングを用いたデータ共有の「GAIA Edge-X」などが展開されている。

中国のプライバシーテックは「金融」が熱い

上記の2社の資金調達以外にも、プライバシーテックは凄まじい盛り上がりを見せている。華控清交の5億元を含め、2021年7月から10月までで、中国のプライバシーテック市場に10億元(約180億円)の資金が流入している。

これら資金調達をしたプライバシーテック企業を見ていると、金融関係のサービスを展開する企業が目立つ。 現に中国におけるプライバシーテック企業のメインターゲットは金融・行政事務・医療・通信の4種類のようだ。

現に、中国の知的財産専門メディア「IPRdaily」と国際特許データベース「incoPat」によると、2022年3月8日時点の「世界プライバシー保護コンピューティング技術発明特許申請数ランキング」は以下の通りとなっている。

アリババの金融会社であるアント・グループがダントツの1位で、中国保健大手の中国平安保健が2位となっている。また、テンセント系ネット銀行の微衆銀行も8位にランクインしていることからも、金融業界におけるPECのニーズが大きいように見える。

この背景には、中国の大手銀行が、信用情報の収集に関する規定に違反したことにより、1,000万元(約1億8,000万円)以上の罰金を課されたことがあると見ていい。中国当局が金融業界に対する取り締まりを厳しくしている中、金融業界でのPECがより注目されるようになっている。

中国でプライバシーテックが盛り上がっている理由

なぜ中国でプライバシーテックが盛り上がっているのか。

最大の要因として、中国当局がプライバシー規制を強めたことが挙げられる。中国は2015年に国家安全法を施行してからプライバシー規制を強めており、2017年にはサイバーセキュリティ法、2021年9月にはデータセキュリティ法、そして2021年11月には個人情報保護法が施行された。

💡 中国で施行されたプライバシーに関する主な法律

国家安全法(2015年7月)

サイバーセキュリティ法(2017年6月施行)

データセキュリティ法(2021年9月施行)

個人情報保護法(2021年11月施行)

中国の個人情報保護法については以下の記事を参照してほしい。

理由①:

現在の情報社会において、ビッグデータは非常に大きな価値を持つ。英語圏では「Data is the new oil(データは新たな石油)」と言われているが、まさにその通りだろう。そうなると、ビッグデータは当然、国家安全保障を確保するための重要な要素になる。ビッグデータの主導権を海外に握られてしまうと、国家安全保障において大ダメージを受けてしまうからだ。

そして現代情報社会は、米国のビッグテックが世界を支配している状況だ。これらの企業にビッグデータの主導権を握らせないためには、プライバシー規制という名目で、ビッグテックを牽制するしかない。

その代表的な例がヨーロッパのGDPR(一般データ保護規則)だ。GDPRについては以下の記事を参照してほしい。

GDPRはビッグテックを牽制する規則だ。EAA(欧州経済領域)の個人データを扱う企業であれば、EAA域外の企業に対しても、GDPRが適用される。例えば、Googleは米国に本社が設立されているが、EUの個人データを扱っているのであれば、GDPRが適用される。

しかもGDPRのペナルティは、2,000万ユーロ以下または「世界全体での売上高4%」の罰金となっていて、どちらか高い方が適用される。当然、グローバルにビジネスを展開しているビッグテックにとって、世界全体の売上高4%の罰金が課せられるのは大ダメージだ。EUの個人データを扱う際、ビッグテックは慎重な対応を進めざるを得なくなる。

そして中国の個人情報保護法も、GDPRと同格のペナルティを課している。5,000万元以下または世界全体での売上高5%の罰金だ。また、中国国内の個人情報と取り扱っているのであれば、国外でも適用される点も、GDPRと類似している。

また、中国当局は、米国のビッグテックはもちろんのこと、中国国内のビッグテックに対しても厳しい対応を見せる。2021年4月中国当局は、独占禁止法違反のため、アリババに対して182億2,800万元(約3,000億円)の超高額な制裁金を課した。これはアリババの2019年中国国内の売上高の4%となっている。

また、2022年3月には、テンセントが手がける決済サービスのWeChat Payが、中国人民銀行(中央銀行)の規則に違反したとして、数億元以上の罰金が課せられる可能性があることが報じられた。

今後は個人情報保護法関連で、中国のビッグテックに多額の制裁金が課せられるケースも想定されるだろう。これを回避するためには、やはり、プライバシーテックが非常に重要な要素となる。アント・グループのPECの技術開発に注力しているのも、納得だ。

理由②:デジタル人民元に対する牽制

プライバシーテックは金融業界で特に盛り上がっているが、中国の金融事情で言うと、デジタル人民元の話題が外せない。デジタル人民元は、中国人民銀行が発行している法定デジタル通貨だ。デジタル人民元の背景には、やはり、仮想通貨ブームがある。

仮想通貨は「分散型台帳」と言われている通り、全ての取引を把握することが非常に難しい。もし仮想通貨が普及するようになれば、国家が国民のお金の流れを把握するのが困難になり、納税や金融政策に大きな支障が出る。

そこでデジタル人民元だ。デジタル人民元を普及させることができれば、国内のお金の流れを全て把握することができる。中国当局としてはなんとしてでも、デジタル人民元を普及させたいところだろう。

しかし、デジタル人民元が普及するということは、国民のお金のやり取りが全て監視されるということになる。しかも中国当局は、デジタル人民元については「操作可能な匿名性」として、少額であれば匿名性を担保するが、その気になれば匿名性を排除することもできる、としている。つまり事実上は、匿名性がないに等しい。

これはもちろん、国民や企業にとって望ましいことではない。特にグローバルに事業を展開したいビッグテックや、富裕層にとっては、デジタル人民元を牽制しておきたいところだろう。そこでプライバシーテックの出番だ。プライバシーテックが実用化され、お金のやり取りが秘匿化されるのであれば、それはデジタル人民元に対する大きな牽制になる。

例えばもし、秘匿性が事実上担保されていないデジタル人民元か、プライバシーテックによって秘匿性が担保されている決済サービスの、2つを選べるとしたら、国民はどちらを選ぶだろうか。間違いなく決済サービスだろう。そもそも、利用者目線で見れば、WeChat PayやAlipayが普及している現代において、デジタル人民元をわざわざ利用するインセンティブがない。

ただ、デジタル人民元に関する予測は非常に難しい。中国当局が望む展開は、中国国内はもちろんのこと、東南アジアやアフリカ諸国にもデジタル人民元を普及させ、人民元の経済圏を大きく拡大し、デジタル社会上の基軸通貨となることだろう。これが実現すれば、世界の覇権は、ほぼ間違いなく中国のものとなる。だからこそ、中国はデジタル人民元に注力したいところだろう。

その一方で、東南アジアやアフリカ諸国では、国内でも決済サービス事業が立ち上がっており、現在はシェア争いが白熱している。WeChat PayやAlipayも奮闘しているが、どうなるかは分からない。また、仮想通貨がどれくらい普及するかの予測も難しい。それに、中国当局が心変わりして、デジタル人民元の匿名性を重要視する可能性も否めない。

だが少なくとも、中国国内においてプライバシーテックが熱くなっているのは間違いない。どれだけプライバシーが保護されているかで、決済サービスを選ぶフェイズが到来する可能性もある。 少なくとも日本に比べると、中国のプライバシーテックに対する注目度は高い。「中国当局の監視から回避したい」というニーズがあるためだ。日本企業と中国企業とでは、プライバシー侵害に対する危機感が決定的に違う。

まとめ

  • 中国のPEC市場に多額の資金が流入するようになった
  • 特に「プライバシーテック×金融」の領域が熱い
  • プライバシーテックが盛り上がっている背景には、中国の厳しい規制がある
  • 「デジタル人民元による中国当局の監視」に対する懸念が、プライバシーテックをより盛り上げている

参考文献

蓝象智联,近2亿元A轮融资!蓝象智联再获资本加码

蓝象智联,GAIA品牌介绍

36kr「成長期待の「プライバシー保護コンピューティング」市場、投資集中もまだまだ課題」

NNA Asia「人民銀が銀行4行に罰金、信用情報収集で違反

日経新聞「中国当局、アリババに3000億円の罰金 独禁法違反で」

日経新聞「テンセント、中国当局が巨額の罰金処分か 米紙報道」