はじめに
最近、ファミリーマートのレジ部分に巨大スクリーンが設置されるようになった。この巨大スクリーンには、広告配信や商品のPRなどが、店内アナウンスと連動する形で映し出されている。
現在、小売企業が広告を展開するリテールメディアというものがかなり熱くなっているようだ。米国では検索エンジン、SNSに次いで、広告業界の第三の波がリテールメディアであるとする考えもある。
そうなってくると当然、当メディアとしてはリテールメディアのデータ安全に注目がいく。そこで本記事では、リテールメディアの概要や、データ安全について解説していこうと思う。
リテールメディアとは?
リテールメディアとは、小売業が展開する広告メディアのことを指す。例えばそれは、実店舗に設置されたデジタルサイネージや、ECサイト・自社アプリなどの広告として私たちの目の前に現れている。
重要なのは「小売企業が”消費者”に向けた広告を出す」という部分だ。渋谷駅や街中に設置されているデジタルサイネージ広告や、Googleの検索結果に乗っかってくる広告とは違う。リテールメディアの前提として、消費者は”何かを購入するため”に実店舗やECサイトに訪れる。そこに広告を投下するのだから、通常の広告よりもパフォーマンスが高いのは間違いない。
実際に、米国の調査会社Insider Intelligence(ニューヨーク州)の調査によれば、2024年に米国のリテールメディアの市場は約600億ドルに達し、全デジタル広告費の19.1%を占めると予測されている。このことから当社は「リテールメディアが検索やSNSに続くデジタル広告の第3の波になるだろう」と見られているようだ。
リテールメディアが注目されている背景
リテールメディアが注目されている背景には以下の3つが挙げられる。
- 3rd Party Cookieを必要としない
- 米国におけるAmazonとWalmartの成功
- 限られた広告予算で高いパフォーマンスが見込める
3rd Party Cookieを必要としない
リテールメディアが注目されている背景として、まず挙げられるのが3rd Party Cookieを必要としないことだ。リテールメディアは小売企業の顧客の購買データやアプリの利用ログといった1st Partyデータを利用することで、ターゲティング広告を展開する。
従来のデジタル広告で高いパフォーマンスを発揮するには、3rd Party Cookieが必要不可欠だった。例えばGoogle Adsenseでは、どう考えても他のWebサイトの閲覧履歴からデータを取得しているようなものがある。映画レビューサイトなのに、先ほど購入しようとしたサプリメントの広告が展開されている、といった感じだ。
しかしGDPR(一般データ保護規則)などの強力なプライバシー法の制定により、3rd Party Cookieが利用しづらくなった。そのため「デジタル広告は今後厳しくなるだろう」という見方が強まる。
だが、リテールメディアは3rd Party Cookieを基本的に必要としない。デジタル広告業界全体がリテールメディアに注目しているのは、GDPR対策ができる新しいデジタル広告として有効だと考えているからだ。
米国におけるAmazonとWalmartの成功
リテールメディアが注目される背景として挙げられるのがAmazonとWalmartの成功だ。
Amazon
まずは日本人にも馴染み深いAmazonから見てみよう。実際にAmazonを開いて何かしら検索すると、検索結果の上位に「スポンサー」と書かれた商品が出てくる。現段階でECサイト最大手であるAmazonの検索結果上位に表示される広告のパフォーマンス効果が非常に高いのは言うまでもない。
また、AmazonのようなECサイトは、回遊性が非常に高いデザインになっている。例えばユーザーは自分が欲しい商品を見つけるまで検索し続けるだろうし、気になった商品は実際にクリックして詳細を見ようとする。そして「これは間違いない!」と思った商品は1クリック決済で購入するし、「ちょっと保留だなぁ」と思う商品は一旦カートに入れたりお気に入りに登録したりする。
**そしてAmazonは、これらの行動データの全てを保有しているのだ。**この膨大で貴重なデータから生み出されるパーソナライズド広告は、一般的な広告に比べて効果が大きいのは簡単に予想できる。
実際にAmazonの2022年第4四半期決算では、広告事業の純売上高は前年同期比19%増の115億5,700万ドルとなり、サブスクリプション事業を上回った。また、GoogleやMetaが同時期決算で減収していることを考えると、Amazonのデジタル広告事業成長は特筆すべきことだ。
ちなみに、米国のリテールメディア市場の約8割はAmazonが占めているとされている。
Walmart
Walmartは世界最大のスーパーマーケットチェーンであり、世界で最も売上高が高い企業だ。リテールメディア市場においてAmazonの次に控える企業で、Amazonと異なるのはリアル店舗がベースになっている点だ。しかしそれでも、Walmartの広告事業は堅実に成長している。2021年1月の通期決算においては広告事業の売上高が21億ドルを超えたことを発表しており、2022年第3四半期決算では、グローバル広告ビジネスが30%以上成長していることを発表している。
また、店舗内で広告を表示できるディスプレイが合計で約17万台ほどあるとされており、デジタル広告部門を「Walmart Connect」として再編させるなど、とにかくデジタル広告に力を入れている。実際、Walmartの決算で好印象を受ける要素は、デジタル広告ぐらいだ。
現在、日本国内でリテールメディアが注目されている背景には、Amazonの成功というより、実店舗型小売企業であるウォルマートが21億ドルという規模の広告収入を生み出したことがインパクトとして大きいと考えられる。
限られた広告予算で高いパフォーマンスが見込める
リテールメディアが他のデジタル広告と大きく異なる点は、購買意欲の強いユーザーが広告を目にするという点だ。実店舗にせよECにせよ、ユーザーは何かを購入するために、またはウィンドウショッピングをするために訪問してくる。そのため、通常の広告に比べてコンバージョン率が高いと考えられる。
そしてこれに加えて、リテールメディアは1st Partyデータをフル活用することができる。そのために、小売企業は顧客データを可能な限り取得しようと考えるだろうし、そのデータを本業である小売事業のマーケティング戦略に活用することもできる。
広告主としても、限られた広告予算で高いパフォーマンスを発揮したい時に、自然とリテールメディアを選択するようになるだろう。
リテールメディアのデータの安全性について
ここから本題だ。リテールメディアのデータの安全性は現段階でどれくらい議論されているのだろうか。また、リテールメディアは今後のプライバシー保護の流れに適応できるデジタル広告になるのだろうか。考察していこうと思う。
リテールメディアはGDPR対策に有効ではある
基本的に、リテールメディアはGDPR対策に有効とされている。3rd Party Cookieの利用が制限されている中、小売企業が持つ1st Partyデータは非常に魅力的である。
また、小売企業が1st Partyデータをしっかり管理できれば、大きな問題も起こらない。ただし現状として、小売企業のセキュリティがしっかりしているかと問われると、なんとも言えないところだろう。実際に株式会社セブンイレブン・ジャパンは、2013年にECサイトで最大15万件のクレジットカード情報が流出した恐れがあると発表(ダイヤモンドリテールメディアより引用)し、2019年には自社の決済アプリである「7pay」での不正アクセスを許してしまった。
たしかに、3rd Party Cookieに依存しないリテールメディアは魅力的ではある。しかし前提として、基礎的な部分でのセキュリティが確立されていなければ、リテールメディアは成り立たない。
データの安全性についてはあまり議論されていない
では、実際にリテールメディアのデータの安全性はどこまで議論されているのだろうか。筆者の個人的な見立てでいくと、まだあまり議論されていないように思える。ただしこれはそもそも、データの安全性や個人情報保護があまり注目されていないことに起因していると考えられる。
ではなぜ議論されていないように筆者が思っているのかというと、GoogleやTwitterで「リテールメディア データの安全性」と検索しても、本質的な記事やツイートが見当たらないからである。大半はリテールメディアのポテンシャル、データ活用、構築方法について触れられているもので、データ安全について真剣に考えているような記事やツイートはほとんど見当たらなかった。
ちなみに「Retail Media Data Security」とGoogle検索すると、非常に濃い内容の記事がズラリと並ぶ。特に検索順位2位で出てきた記事「Privacy and retail media: How retailers are risking a major new revenue stream on a weak privacy foundation」のリード文には、「Retail media is a double-edged sword in a privacy-first world.(リテールメディアは、プライバシーを優先する世界では諸刃の剣です)」とまで書かれている。
小売企業がリテールメディアを運営する際は、これぐらいの危機感を持って情報漏洩対策を重視する必要があるだろう。
実店舗に訪れた瞬間にデータが収集される時代
少し先の未来になるかもしれないが、今後、実店舗型のリテールメディアが普及すると、実店舗に訪れた瞬間にデータが収集される時代が到来するかもしれない。まず店内に入ると、カメラが来店者の外見データを分析し、それを元に年齢・性別・体型を割り出す。そして店内での移動データを分析することで、嗜好傾向を割り出すのだ。
また、需要があるかはわからないが、ディスプレイの表示方式を工夫すれば「店内に男性客しかいない時は男性向けの広告を表示する」ということも可能になるだろう。
もちろん、このような顧客分析用カメラは既に注目されていたし、実験的に導入されていたこともあった。だが、リテールメディアの本格化によって、顧客分析用カメラが導入される機運が高まる。つまり、実店舗に訪れた瞬間にデータが収集される時代が到来するかもしれない。この場合、匿名化などの何かしらのプライバシーテックを導入する必要があるだろう。
まとめ
- リテールメディアは小売企業が提供する広告媒体のこと
- リテールメディアはデジタル広告の第3の波として注目されている
- リテールメディアは3rd Party Cookieを使わなくても高い広告パフォーマンスが期待できる
- 日本国内において、リテールメディアのプライバシー保護の議論はあまり進んでいないと考えられる
参考文献
https://www.insiderintelligence.com/content/what-you-need-know-about-retail-media-5-charts
https://stock.walmart.com/home/default.aspx
https://www.walmartconnect.com/
https://diamond-rm.net/flash_news/20356/
https://www.7andi.com/company/news/release/201908011500.html