どんな場面で秘密計算は効果的?ーー国内の秘密計算実証実験まとめ

  • calendar2021.10.28
  • reload2022.10.03
投稿者:編集部
ホーム » プライバシーテック » どんな場面で秘密計算は効果的?ーー国内の秘密計算実証実験まとめ

「秘密計算は次世代の暗号化技術というが、実際に使うことができるのだろうか」と疑問を抱く人は多いのではないでしょうか。データを暗号化して分析する。聞こえはいいものの、実際に使っている事例を見聞きしないことには判断できなないと思います。
このような疑問・課題を踏まえ秘密計算コンソーシアムでは、秘密計算.jpの第4回と第5回にて、秘密計算の実証実験事例前後編で紹介していきます(予定)。前編の第4回では、秘密計算スタートアップ側から、PoCの概要や実際に現場で発生した課題、苦労などを語ってもらいます。後編では、受け入れ先の事業者側に登壇していただき、なぜ秘密計算を使って実証実験を行ったのか、メリット・デメリット、今後の期待などについて忖度なく語っていただく予定です。

秘密計算.jpの開催を踏まえ、事前に国内のPoC事例をいくつかまとめてみました。どのような現場で秘密計算が活躍しているのか、参考にしてみてください。

  • そもそも「秘密計算」とは
  • 国内の実証実験
    • 秘密計算でゲノム解析をサポートできることが判明(NEC)
    • ターゲティング広告で生きる、秘密計算を用いたユーザーの購買データ分析(Acompany)
    • Suicaの利用データを秘密計算を用いて安心・安全に分析(EAGLYS)

そもそも「秘密計算」とは

秘密計算とは、データを保護しつつ、企業・組織間で暗号化したまま計算できる次世代暗号技術です。通常、データを外部に提供する場合、対象となるデータを暗号化して提供し、提供先で「生」データにもどして分析する必要があります。一方で秘密計算の場合は、データを暗号化したまま分析することが可能です。このため、複数組織間でのプライバシーデータを活用した計算・分析を実現できます。

その歴史は古く、1980年代後半に先進的な成果を得た暗号技術の一大研究分野。しかし社会実装に関しては限定的で、国内ではNECやNTT、AcompanyやEAGRYSなど数社しかない状況です。海外でも、inpher(米)やCTBERNETICA(エストニア)など秘密計算の社会実装に取り組む企業は数社しかなく、未だブルーオーシャンの状況です。

どの業界でも取り入れることができるとされていますが、昨今注目を集める業界は医療や金融、マーケティングです。実際、現状明るみとなっているPoCのほとんどは、これら業界で行われています。

【超入門】秘密計算って何?図で概要をわかりやすく解説!

国内の実証実験

ここからは、国内の実証実験の様子を紹介していきます。今回はNECが大阪大学で2019年に行った複数機関が保有するゲノム情報の解析や、AcompanyがDACとともに行った広告領域の実証実験、そしてEAGLYSとJR東日本のSuicaデータを利用した実証実験の3つの概要をまとめていきます。

秘密計算でゲノム解析をサポートできることが判明(NEC)

大阪大学はゲノム解析システムに秘密計算を用いることで、個別化治療の研究促進を目指しています。NECとの実証実験では、大阪大学が開発した複数の医療・研究機関が保有するゲノム情報や疾病等に関する情報を統合して解析する解析アプリケーション(DSビューア)に、秘密計算を適用。複数の医療・研究機関が保有するゲノムや疾病等の情報を秘匿したまま収集して、ゲノム変異の頻度解析に成功しました。

同実験では、複数医療機関にあるゲノム情報を解析するため、秘密分散にMPC(マルチパーティ計算)を適用しました。複数機関がもつデータを暗号化し、複数のサーバーで分散保持。データを秘匿しながら分析し、解析結果のみを出力しました。

「NEC・大阪大学、複数機関が保有するゲノム情報をプライバシー侵害リスクを抑えて解析できることを実証~データを暗号化したまま解析できる秘密計算で実現~」から引用

また、秘密計算システムの開発容易性も証明されました。対象となるシステムに秘密計算を適用する場合、システムエンジニアが数日程度で適用を完了。実用的であるとの証明にもなりました。

同研究成果により、秘密計算がゲノム解析をサポートし、実用的であることを示す事例として有効であると証明されました。個別治療薬開発に向け、一歩前進した事例と言えるでしょう。

ターゲティング広告で生きる、秘密計算を用いたユーザーの購買データ分析(Acompany)

インターネット広告企業DACは、秘密計算を用いてマーケティングデータ分析を行うことで、安心・安全なマーケティング分析の実現を目指しています。

Acompanyとの実証実験では、DACの顧客企業が保有する顧客データと、DACのさまざまなデータと連携し顧客分析やパネルリサーチができるシステム「AudienceOne」が持つデータが、秘密計算に適用しうるかを実験しました。Acompanyの秘密計算エンジン「QuickMPC」を使い、暗号化されたさまざまな属性のデータの分析が可能なのか従来の手法を用いた分析結果と比較して有効であるかどうかを検証しました。

「DACとAcompany、デジタルマーケティング領域での秘密計算を活⽤したプライバシー保護データ分析の実証実験に成功」から引用

実際に、DACが保有するユーザーに対するアンケート結果データと、AudienceOneが保有する各種属性値とコンバージョン値のデータを使用。秘密計算環境下において、コンバージョン値と属性・アンケート結果の相関値を計算しました。

その結果、分析速度は数分と実用可能範囲。通常の分析手法と比較しても、平均絶対誤差は0.001未満と実務レベルでした。

同実証実験により、秘密計算を用いた場合でもデータ分析は可能であることが証明されました。

Suicaの利用データを秘密計算を用いて安心・安全に分析(EAGLYS)

EAGLYSは2020年、新たなデータビジネス創出に向けJR東日本と協業を開始しました。同協業により、JR東日本が行う「JR東日本スタートアッププログラム」へ参画。日本経済新聞によれば、乗降やコンビニでの購買の履歴などが得られるSuicaに着目。累計発行枚数が8600万枚を超すSuicaのデータ分析に秘密計算を取り入れる検証を実施しました。

**実証実験の内容から外れますが、**Suicaといえば匿名加工情報に関する議論を呼びました。日経クロステックによればJR東日本は2013年、Suica乗降履歴データを販売すると発表。Suica乗降履歴データというビッグデータをパーソナルデータと紐づけた形で外部企業に販売していたことが広く知れ渡りました。

この件は何が問題なのでしょうか。

同記事では、自社からの情報開示をしなかった点オプトアウトを周知していなかった点を指摘しています。またこの問題に関して2014年に、Suicaに関するデータの社外への提供についての有識者会議にてとりまとめがされるなど、個人情報取り扱いに関する問題として取り上げられました。

とはいえ、JR東日本はSuicaが蓄積するデータを利用した取り組みは少しずつ続けています。神奈川県藤沢市と同市の観光協会と共同で、Suicaの利用データを活用した取り組みを実施。Suicaのデータを観光に生かそうという試みが行われました。

まとめ

  • 秘密計算とは、データを保護しつつ、企業・組織間で暗号化したまま計算できる次世代暗号技術。
  • NECは、大阪大学と共同で秘密計算でゲノム解析をサポート。実用性が証明された。
  • Acompanyは、DACが持つプライバシーデータを用いて、秘密計算の実用可能性があるのかどうか検証。速度、誤差ともに実用性が証明された。
  • EAGLYSは、JR東日本のSuicaデータを、秘密計算を活用して分析した。