はじめに
データ活用とプライバシー保護を両立できる技術として、近年、秘密計算は世界中でとても注目されています。
日本の隣国である韓国でも秘密計算や、秘密計算に用いる技術の研究開発が活発に行われています。
本記事では、昨年、個人情報の保護やデータの利用に関連する法律が改正された韓国で、秘密計算サービスを提供している企業を紹介します。
なお、韓国の個人情報関連法については以下の記事で解説しています。
http://acompany.tech/blog/south-korean-privacy-law/
秘密計算とは
秘密計算とは「暗号化したままの状態で計算を実行する技術」であり、データ活用とプライバシー保護の両立を可能にします。
以下の2つは、秘密計算技術の代表的な手法です。
- MPC
- 準同型暗号
MPC(マルチパーティ計算:Multi-Party Computation)とは、複数のサーバー間で通信を行いながら同じ計算を同時に行う計算方法です。
準同型暗号とは、鍵を用いて暗号化されたデータに対して、ある種の演算を行い、さらにそれを復号したものが元々のデータの演算結果となっている暗号です。
秘密計算や秘密計算技術については以下の記事で詳しく解説しています。
http://acompany.tech/blog/secure_computing/
KOSAC
KOSAC(Korea Smart Authentication Corp)はソウル市に拠点を置き、デジタルアイデンティティにおける事業開発を行う企業です。
準同型暗号・生体認証・ブロックチェーンなどの技術を活用して、より便利で安全なサービスを、認証や投票など多種多様な分野に適用しています。
そんなKOSACは2018年、準同型暗号を用いた生体認証技術を発表しました。
この技術では、ユーザーが生体情報を登録する際に、生体情報を保護するため、準同型暗号技術を利用してデータを暗号化します。
そして、ユーザーが認証のために生体情報を入力すると、復号化せずに、暗号化状態で元のデータと比較して認証を行うことによって、データの流出を防止することができます。
生体認証の過程に準同型暗号を適用することで、生体認証で最も脆弱な部分である、復号化の必要がないため、安全に生体認証を利用できます。
また、KOSACは金融分野への適用・クラウドベースのデータ分析・医療情報の分析など、様々な分野へ準同型暗号を適用しています。
(参考:https://www.smartauth.kr/#research)
CRYPTO LAB
CRYPTO LABは、ソウル大学研究チームを前身とする、スタートアップ企業です。
研究チーム時代に、準同型暗号のオープンソースライブラリである「HEAAN」を開発しました。
準同型暗号は、データの計算に時間がかかるなどの問題を抱えていたため、商用化に至るケースはほとんどありませんでした。
しかしHEAANでは、小数点を切り捨てる近似概念を取り入れることにより、演算時間を大幅に削減し、準同型暗号の課題をクリアしました。
そして、コリアクレジットビュー(KCB)・国民年金公団などと協力して、KCBのクレジットカード情報と国民年金加入者の情報を暗号化したまま結合・計算することに成功し、個人の信用評価などに活用されています。
またCRYPTO LABは、新型コロナウイルス(COVID-19)感染者の動線確認アプリである「Pandemic Guard(コロナ動線安心アプリ)」を開発しました。
Pandemic Guardは、システムに準同型暗号を用いており、感染者の移動動線とユーザーの移動動線から、接触の有無を確認することができます。
そして、2021年2月に韓国の京畿道を対象としたモバイルアプリをリリースしました。
従来のシステムでは、感染者の動線や訪れた場所などを公開していたため、個人情報の流出に対する懸念やプライバシーが侵害されているなどの声もありました。
しかし、Pandemic Guardを利用すれば、上述のような心配をせずに感染者との接触の有無を確認することができるため、大きく注目されています。
(参考:https://www.cryptolab.co.kr/product/heaan.php)
ペンタセキュリティ
ペンタセキュリティは、ソウル市に拠点を置くITセキュリティ関連の企業です。
2000年代前半からWebアプリケーションやデータベースのセキュリティに関する製品を提供しており、最近では、交通分野におけるIoTや暗号通貨セキュリティなどに力を入れています。
ペンタセキュリティはブロックチェーンのセキュリティにも注力しており、ブロックチェーンとAIやIoTとの組み合わせによって、新たな価値が生まれると考えています。
そして、ブロックチェーンを活用したインフラストラクチャー構築のためのソリューションの1つとして、MPCを開発しています。
昨年、金融機関に向けた、デジタル資産を安全に管理・保管・運用するためのMPCソリューションを、オープンソースSDKとして提供を開始しました。
金融機関が自社のサービス環境にMPC技術を、簡単に導入できるように設計されています。
また、同じく昨年、ペンタセキュリティはMPCアライアンスに加盟しました。
MPCアライアンスとは、MPCの発展・普及のための活動を行う企業連合であり、アリババやCurvなど、たくさんの企業が加盟しています。
MPCアライアンスについては以下の記事で詳しく解説しています。
http://acompany.tech/blog/mpc-alliance/
(参考:https://www.pentasecurity.co.jp/mpc-solution/)
まとめ
- 秘密計算とは、暗号化したままの状態で計算を実行する技術であり、代表的な秘密計算技術として、「MPC」と「準同型暗号」が挙げられる。
- KOSACはデジタルアイデンティティにおける事業開発を行う企業である。
- 準同型暗号を生体認証に適用し、安全に生体認証を利用できるサービスを提供している。
- CRYPTO LABはソウル大の研究チームを前身とするスタートアップ企業で、準同型暗号を用いたサービスを提供している。
- 研究室時代に開発した「HEAAN」はKCBや国民年金などで活用され、すでに商用化されている。
- CRYPTO LABは準同型暗号を用いて、新型コロナウイルス対策として、ユーザーの移動動線と感染者の動線から接触の有無を確認することができる「Pandemic Guard」を開発した。
- 「Pandemic Guard」は今年の2月下旬から韓国の京畿道でモバイルアプリをリリースして、試験運用している。
- ITセキュリティ企業のペンタセキュリティは、ブロックチェーンを活用するための技術としてMPCソリューションを提供している。
- 昨年、金融機関に向けたデジタル資産管理のためのMPCソリューションを、オープンソースSDKとして提供を開始した。
- 同じく昨年、MPCアライアンスに加入し、MPCの発展・普及に向けた活動を行なっている。