はじめに
オランダの企業であるTNOは、2021年3月に「FINALLY, A PRIVACY-FRIENDLY WAY TO HARNESS DATA(プライバシーに配慮したデータの使用方法)」というホワイトペーパーを発表しました。
ホワイトペーパーでは、経済成長を達成し、社会的課題を解決するためには「マルチパーティ計算(Multi-Party Computation:MPC)」や「連合学習(Federated Learning:FL)」が必要であり、幅広い利用のために政府関係者、企業などに協力を呼びかけています。
本記事では、 TNOが発表したホワイトペーパーの内容の要点を解説しています。
TNOとは
TNO(オランダ応用科学研究機構 TNO)はオランダを本拠地とし、日本・カナダ・ベルギーなどに国際支社を持つ、独立した研究機関です。
インフラ・医療・情報通信技術などの9つの社会テーマについて研究しており、9つの中でも金融・医療・公共部門でのデータ共有を可能にする研究をマルチパーティ計算を用い、他の研究機関と協力して行っています。
実際にTNOは、MPCを用いたHIV治療の探求・貧困問題の解決・金融機関での不正検出を行っています。
ホワイトペーパーの内容
ホワイトペーパーの中でも、重要度が高い内容のみ抜粋して解説しています。
概要
データの共有と分析は、経済成長を達成し、社会的課題を解決するために不可欠であり、MPCや連合学習などのテクノロジーが必要です。
しかし、プライバシーに関する社会的懸念を含め、法的・商業的な障壁によってデータ共有はうまく進んでいません。
TNOは本ホワイトペーパーにて、MPCや連合学習の発展に向けて、政府関係者・企業・研究機関・大学へ協力を呼びかけています。
背景
TNOは、コロナウイルスのパンデミック後、オランダのGDPの4%以上の景気縮小が引き起こされると予想しています。
パンデミックによる景気の縮小を解決するには、経済成長を達成することが必要です。
最近の分析によると、データの可用性とデータ共有が、GDPの1.5%の経済成長につながる可能性があることを示しています。
また、データの可用性によって、様々な業界における稼働力を高めることができるAIアプリケーションの開発や、輸送分野の問題の解決、サイバー攻撃の防止など、多種多様な発展が考えられます。
データを上手く活用することが経済成長の達成につながり、そのためには、MPCや連合学習のような新たな革新的なテクノロジーが必要だと考えています。
MPC・連合学習とは
MPCとは、複数のサーバー間で通信を行いながら同じ計算を同時に行う計算方法です。
複数のサーバーを用いることでデータの安全性を高めることができるため、秘密計算やブロックチェーンなど、様々な技術に用いられています。
MPCについては、以下の記事で詳しく解説しています。
連合学習とは、従来の機械学習が持つ弱点を克服した新たな機械学習の手法であり、データを集約せずに分散した状態での計算ができます。
プライバシー問題など、従来の機械学習が抱えていた問題を解決できるため、スマートフォンデータや医療データなどでの活用が進められています。
連合学習については、以下の記事で詳しく解説しています。
問題点
MPCと連合学習を用いたソリューションは技術的には十分であり、すでに多種多様な分野で活用されています。
しかし、これらのテクノロジーを実際に用いるには、さらに発展させ、スケールアップする必要があります。
TNOが考える問題点は次の2つです。
- 組織的な課題
- 技術的な課題
組織的な課題とは、法律・財政に関わる問題です。
現在EU圏内では、GDPRというプライバシー保護に関する厳しい法令が存在するため、データを活用する際のハードルが高く、現状としてデータの活用は難しい状態にあります。
また、MPCや連合学習を研究・運用していくには財政支援も必要です。
一方、技術的な課題とは、MPCや連合学習の技術としての問題です。
国家単位など大きなスケールでMPCや連合学習を用いるには、現在の技術をさらにスケールアップさせる必要があります。
また、データを分析する際の効率を高めるためにも、技術的な発展は必要不可欠です。
解決策
TNOは、これらの問題の解決に向けて、政府は即座に行動することができると述べています。
政府は財政的・組織的な支援を通じて、実験の余地を促進・提供することにより、データ活用における協力を促進することができます。
MPCや連合学習などの新たなテクノロジーを用いることで、今まではプライバシーに関する懸念のために入手できなかったデータから、新たな価値を創り出すことができます。
そして、TNOはMPCや連合学習などを適用するためのパートナーシップである、「Techruption」に参加しています。
「Techruption」はオランダの官民パートナーシップであり、プライバシーに配慮したデータ分析を行う技術の実用化に向けて、大小企業やスタートアップ企業、研究機関などが協力しています。
TNOが様々な分野間にまたがって先導することで、商業・政府組織がサードパーティーを用いてプライバシーに配慮したデータの利用ができるようになれば、MPCや連合学習が様々な場面で活用されると考えています。
加えて、政策立案者はMPCや連合学習を使うための法的枠組みを強化する必要があり、技術提供者はMPCや連合学習の運用を可能にし、スケールを拡大する必要があります。
また、プライバシーに配慮したデータ分析の効率をさらに高めるために、研究機関や大学が方法を開発することが重要です。
まとめ
- 経済成長を達成し、社会的課題を解決するためにはデータ活用・データ共有が必須である。
- データを利活用するには、MPCや連合学習のようなプライバシーを保護したままデータを分析できるテクノロジー必要である。
- しかし、現状では法律・財政・技術などの問題によって、大きなスケールでの実用化は難しいとされている。
- MPCや連合学習の幅広い利用のためには、政府関係者、企業、研究機関、大学などの協力が必要である。
- MPCをすでに活用しているTNOの呼びかけによって、現在存在する問題が解決され、MPCや連合学習を幅広く利用することができれば、経済成長を達成し、社会問題を解決できると考えている。